スケートボード 路上の言語

ESSAY

路上の言語〜ストリート・スケートの起源『棒馬としてのプール』1

プールとは

バンクは街中を歩いていて日常いつでも目にするものではないが、まったく見かけることのないレアな存在というわけでもない。そのようなことを考えるとバンクは探さなければ見つけることができないものというより、街中を滑っているときたまたま発見できた偶然性の要素が強い。また、公共の場所にあるので気が向いたときに試しに滑ることもできた。対してプールは道路の延長ではなく、他人の敷地の中という「区切られた空間」にある。

 

ここでプールについて説明しておく。

 

スケートボードの世界で『プール』というのは一般的な箱型のプールではなく、『キドニー型プール』のことを指す。お椀がふたつくっついたような形で、名前の由来はキドニー/そら豆からきている。

 

世界で初めてのキドニー型プールは1948年カリフォルニアにつくられた。建築家トーマス・ドリバー・チャーチと施主が、ハンス・アルプやホアン・ミロなどの抽象芸術の要素と曲線により構成されたオーガニックなデザインを取り入れ、世界初のキドニー型プールを作り上げたのだ。楕円を組み合わせたような曲線を多用した柔らかくオーガニックな形態は、その柔らかな印象からカリフォルニアの陽ざしにマッチしカリフォルニア文化を代表するデザインになった。

 

モダニズム発祥の地であるヨーロッパでは実現できなかった夢を、カリフォルニアという温暖で開放的な風土と、カリフォルニア・ルックと呼ばれる実験的なことを好み新しいものを受け入れる気質から生まれた文化が見事に融合し、その結果『カリフォルニア・モダン』が誕生した。

 

このキドニー型プールがデザインされた1940年代後半から1960年代初期は「土地に根差したカリフォルニアらしいデザイン」が形成されるだけでなく、宇宙開発のための技術が進歩していった時期とも重なっていた。スペース・エイジと呼ばれた1950年代、カリフォルニアを代表する楕円を組み合わせたような有機的なパターンは「宇宙」や「ロケット」などの「重力からの解放」を感じさせる浮遊感のあるデザインへと応用され人々の想像力を掻き立てた。例えばその当時のブルーノートのジャケット・デザインひとつとっても、このような「重力からの解放」をイメージさせる有機的なパターンの影響が見て取れる。

 

キドニー型プール付きの家は中流家庭でも買える値段であったおかげで大量につくられるが、1970年代にカリフォルニアを襲った干ばつの影響で不況になり大量の空き家とともに放置される。この放置されたプールのおかげでスケートボードの世界でプール・スケートが流行し、一時代を築いたのだ。

 

このキドニー型プールで初めてスケートボードをしたことは1963年から65年の間であることがイアン・ボーデンの著書『スケートボーディング、空間、都市ー空間と都市』で確認できるが、そのころにはバンクで滑ることもスケーターの間に広まっていたと考えられる。地形は波の感覚を与えてくれるものであるという認識が定着していたならば、第二のバンクと呼べるものを探していたとしても不思議はない。

 

なぜかというとスケートボードもサーフィンも『遊び』なのでルールがないからだ。ここにあるこれで滑らなければいけない、というような滑る場所、道具の制限はないし、なにより滑っているのはサーファーだ。サーフィンには波を求めて様々な場所を旅するという文化があるため、スポットを探しにいろいろなところに出かけるという考えを持つのは自然な成り行きなのだ。

 

求めるイメージである波をバンクという形で発見した。海ではないこの陸地に、波に近いものがあった。ひとつあったならば、もうひとつあるはずだ。

 

陸地で波の代替物となるものを探し、現実にある物を抽象化しイメージを具象化する。これはゴンブリッチの有名な論文『棒馬 あるいは芸術形式の根源についての考察』で取り上げられた棒馬と同じ構造であるといえる。また、大きくとらえればレヴィ=ストロースの『野生の思考』ともいえるし、日本文化を引き合いにだせば『道具の見立て』ということもできる。これらに共通することはABとして使うことであり、「ABとして」思考する際にふたつの境界をまたぐことだ。

 

スケーターが街中で滑ることを説明する際『野生の思考』が引用されることがあるが、それだけでは「なぜ建築物を利用するようになったのか」というストリート・スケートの起源の説明ができない。『野生の思考』で説明ができるのは都市にある建築物等を利用して滑ることだけだ。建築物を利用して滑るのはそこでトリックがやりたいからだが、なぜ建築物を利用するようになったのか。そこを解明するにはプールが果たした役割を知る必要がある。その役割を一言で言い表すならば、『棒馬としてのプール』だ。

 

都市に波を求めたその行為は、サーファーがサーフィンの概念を都市に持ち込んだ証である。都市でサーフィンの概念を発揮させ波を求めるが、都市に波があるはずがない。そのため都市でサーフィンの代替物ともいえるスケートボードをする際、サーフィンをしているときと同じような感覚を与えてくれる波――波とは自分たちに楽しみを与えてくれるサーフィンの象徴である――の代替物を探した。

 

象徴を求めて代替物を手にすることは棒馬と同じである。象徴としての馬と波、代替物としての棒とプール。馬を現す最低限の機能であるまたがれることと、最低限サーフィンができるような斜度のついた滑らかな斜面。どちらも要求する機能を満たす存在として棒とプールが選ばれた。

 

 

PROFILE

栗原 啓輔

スケートボード研究家/スケート歴20年 (写真家)

https://twitter.com/kuriharakeisuk

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