スケートボード 路上の言語

ESSAY

路上の言語〜スケートボード黎明期4 記憶と習慣の共通の枠

注意

サーファーの身体に存在しているサーフィンの記憶と、新たに蓄積され習慣となったスケートボードの記憶を繋げていたものは、波と地面のふたつから与えられる作用に対する反応の類似だ。ふたつの反応を経験し身体の記憶をどちらも手に入れたサーファー/スケーターは、波をイメージの中心に置き滑った。海では波を求め、地上では波をイメージし滑っていたが、ある日フラットより波に近い知覚を与える「バンク」という地形に遭遇した。

 

その存在は主張することもなく、周囲との差異に気付かなければただの風景でしかないが注意を払えば特徴になる。

 

日常生活の中で路上を歩きバンクに遭遇しても、特に注意を払う対象にはならないだろう。バンクには例えば、用水路、舗装された土手、陸橋のたもと、車椅子用のスロープなどがある。階段であれば踏み外さないように注意を払うし、高低差の違う場所を繋ぐものという明確な機能がある。ここからあそこへ行くには向こうの階段を使って、というように行動に浸入してくる。バンクも車椅子用のスロープなどのように明確な機能をもつものがあるが、自分の脚で歩ける人であればスロープを意識して注意を払うことは少ないだろう。

 

波をイメージの中心に置き、その求める波を都市で現実に感じるにはスケートボードという土台の上で具現化されることが必要だった。スケートボードという身体の記憶が身について初めて、風景に溶け込んでいたバンクとフラットとの差異を知覚することができたし 、注意を払い試しに滑るに至った。

 

60年代当時スケートボードに乗るサーファーが求めていたものは「波に乗る感覚を味わえるもの」だった。それまで繰り返し波に乗ってきたことで、頭の中にはサーフィンの「想い出イマージュ」があり身体には習慣と呼べる「運動機構」が蓄積されていた。

 

その運動機構には以前述べたような階段などの段差を下りるという動作は結び付かず、注意を払う対象に選ばれなかった。求めていた波乗りの「下りる」という動作を上下運動とだけ捉えればバンクを滑ることも坂を下ることも、段差を下りることも共通したものはあるが、重要なのは波を感じさせる斜面を下りる滑らかな動きだ。

 

 

記憶と習慣の枠

波に乗るという過去をスケートボードに乗る現在の中で捉えなおす際、サーフィンの経験を蓄積させてできた記憶と習慣が枠となり、地形から与えられる様々な動作が選別された。都市で滑る際様々な動作に注意を払い、数ある動作から選ばれ取り上げられた動作は、段差を下りる動作ではなくバンクという斜面を滑り下りる動作だった。

 

より波を感じられる場所を求めるという欲求が、都市の様々な場所に注意を向けさせた。

その役割は概観された対象の輪郭を再びたどることなのだ。この運動とともに注意の積極的な、もはや消極的でない働きがはじまるのである。この働きは記憶によって続けられる。

じっさい、知覚が私たちの側に、そのおおよその輪郭を描く運動を引きおこすとすれば、私たちの記憶力はうけとった知覚に、これと類似し、私たちの運動が既に素描している古いイマージュを導くものである。

引用:ベルクソン『物質と記憶』p.117

この前向きな観察ともいえるような注意の働きにより、波の感覚を与えてくれるものを見つけることができた。このとき、様々な類似したものに注意を払い実際に滑ってみて波の感覚が感じられるか確かめるわけだが、思った通りの感覚が返ってくるものとそうでないものとがある。

 

スケートボードという知覚の枠の中で記憶の中の波乗りのイメージを想いだし、それを対象と結びつけ現実化させていった。

 

波乗り(の感覚)を蓄積させたサーフィンの記憶が様々な地形に注意を払わせ、波を感じさせてくれそうな地形が試され選ばれるが、この選択はスケートボードの知覚の上に選ばれる。現実のスケートボードの知覚と過去のサーフィンの記憶との共通の枠があり、この枠に当てはまるものが現実に選ばれる。

 

この注意を払わせた

欲求は類似あるいは性質へと直行するものであって、個々の差異には何の用もない。

引用:ベルクソン『物質と記憶』p.179

サーフィンを可能にさせる波、都市の中で波の代替物となるバンクはどちらも滑らかな斜面を持ち、細長い板に乗った人間を前へ推し進める性質を持つ。この性質が持つ作用をサーファー/スケーターが求める際、海の中なのか、それとも都市に存在する地面なのかという場所の差異は問題にならない。波に乗ってきたサーフィンの

記憶力はこの一般性あるいは類似の背景上に、対象を引き立たせることができるであろうし、そこから分化が生ずるだろう。このときその動物はある景観を他の景観から、ある場所を他の場面から区別するわけである。

引用:ベルクソン『記憶と記憶』p.179

波/バンクが持つ

類似は客観的に力として働くのであり、深い同一の原因には同一の全体的結果が伴うというまったく物理的な法則によって、同一の反作用を引き起こすのである

引用:ベルクソン『物質と記憶』p.179-180

 

表面上異なった(波とバンクが持つ)作用において、このように反作用が同一であることは、人間の観念が一般観念へと発展する萌芽なのである。

引用:ベルクソン『物質と記憶』p.180 ※括弧内筆者追記

運動機構は一度でき上がると、同じ方法で機能する。包丁の使い方を覚えればのこぎりを見たとき、片手で持ち手前と奥へと前後させる動きで切断する道具というのは察しがつくし動作もおおよそ初見でできるだろう。刃の長さや形状という細かな違いはこのとき問題にならない。

 

知覚が共通なものとして導き出した運動機構は、包丁とのこぎりという似たものを使う際に共通して有利に働く「動作の受け皿」になる。サーフィンとスケートボードの両方の習慣から生まれた「動作の受け皿」を身に着けていたから、スケートボードでサーフィンのように滑りたいという欲求を抱いたとき、波とバンクという異なるが同じ作用を持つ二つのものに類似を発見することができたのだ。

 

 

PROFILE

栗原 啓輔

スケートボード研究家/スケート歴20年 (写真家)

https://twitter.com/kuriharakeisuk

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