REVIEW

認識・仕事論としての『「松本」の「遺書」』2-書評

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もはや、権力論と集団心理分析の領域へ

連載当時の松本人志は、権威的なものや集団主義的なものに、今以上に否定的で、よく噛みついている。

どうもオレは、この直木賞、芥川賞、はたまたノーベル賞というものに疑問を感じる。このあいだも、だれかがノーベル文学賞なるものを取って大騒ぎしていたが、それがなんなのだ。~中略~。オレがもしその立場に立たされたら、100パーセント断るだろう。なぜなら、そのノーベルという奴は、そんなにえらいのか? オレはノーベルより下か? なぜこのオレ様が、ノーベルから“ほうび”をもらわなければならないのだ(だれもくれるとは言うとらんがな)。

同p.183~184

ちなみに文中にある「だれかが」とは、1994年にノーベル文学賞を受賞した大江健三郎のことだ。もっともここで松本は、べつに大江健三郎やノーベルその人を批判したいのではないのだろう(そもそもしてどうするというのもあるが)。

 

幼稚的とも言ってよいほど、彼がここまで反抗的であったのはなぜだろう?

 

それは松本人志という人が、ノーベル賞を頂点とするような、〈権威〉にむらがっては大騒ぎする連中(=愚民)のことが、生理的に嫌いだからだ。

 

たとえば、ビートたけしがバイク事故を起こしてテレビ復帰した時の様子を、おなじニュアンスでこう記している。

はっきり言って、気持ちが悪かった。何がかというと、共演者、スタッフ、客などのまわりの受け入れ方がである。そう、妙に持ち上げ、変にあったかく、必要以上にニコニコし、それでいてどこかよそよそしい奇妙な空気である。それには、今あの人《※引用注・ビートたけしのこと》にあったかく接しないと、自分がひどい奴だと思われるのではないかという計算までみえる(オレには)。

同p.230

ここでも、ビートたけしその人を批判しているわけではなく、それににむらがる連中への嫌悪感を表している。

よくもまあ、あの時代に、ここまで書けたなあ、と素直に感心する。

ここまでいくと、ちょっとした集団心理分析だ。

 

なので、もし彼が心理学者となっていたら、どんな分析をして、どんなことを言うのだろう、と夢想してしまう。あるいは、たとえば権力論についての考察も、他の学者とは違った視点で語ってくれただろう。番組企画で、ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』あたりの読書会でもやって欲しいところだ。難しいことを、分かりやすく、そして面白く、語ってくれるはずである(まあ、ないと思うが)。

 

日本人の感覚を変えてしまった、ダウンタウン

そもそもダウンタウンの笑いは、場の空気や皮膚感覚といったものに敏感だ。

それも異常なまでに。

 

たとえばこの二人が「サムい」、「キツい」、「イタい」と口にする時、文字どおりの意味で言っているわけではない。

その空間で起きていることを一度頭の中で認知(解釈)し、それを「サムい」と言い表された時、見聞きする者はその状況を二重で把握する。つまり、メタ認知的な笑いを、送り手/受け手双方とも、引き起こしているのだ。

 

こういった〈メタ認知的な感覚〉を全面的に押し出し大普及させたのは、日本史上、ダウンタウンが最初だったのはないだろうか(もちろん、本人たちにそんな自覚はなかっただろうが)。

 

そもそも、二人が作り出す笑いには、巧妙なレイヤーが存在している。

まず、松本人志が発する〈異言語的なボケ〉を、浜田雅功が〈同時通訳的なツッコミ〉という手段で翻訳し、受け手(観客)に提供する。そして受け手は、その一連の流れを、瞬間的に頭のなかで再構築する。そしてコンマレベルの時差ののち、我々は初めて彼らの笑いを理解し、笑うことができる。つまりダウンタウンの笑いとは、同時通訳的な構造を持ったものである……

 

なんと面倒な手順を踏んで、笑わなければならないのだろうか!

 

かくして、〈メタ認知的な笑い〉が、私たち現代人の笑いのスタンダードになってしまったのだ。

それゆえ、我々の〈笑いリテラシー〉は、幸か不幸か、劇的に上がってしまった。

舞台上で誰かが転ぶだけの喜劇に、大笑いできる日本人はもういない。親父ギャグを言われても、愛想笑いを返すか、無視するかのどちらかだ。

 

「ダウンタウンの笑いが理解できない」という人でも、多かれ少なかれその感覚の支配下にある。現代でもっとも消費されているネット上の笑いも、その源流をたどれば、やはりこの二人が広めたもの(笑いミーム?)に、行く着くはずだ。

これから、笑いの革新は起るのか?

今後、ダウンタウン以上の〈笑いの刷新〉なるものが起るだろうか?

そんなことをよく考える。

 

わたしが知る限り、「これは新しい笑い感覚だ!」と思えるのが、某ネットカルチャーにありはした。

しかし、これが大普及するかというと首を傾げざるを得ない。

実際、そのネットカルチャーも現在では、矮小化している(いわゆる、オワコン化)。

 

もっとも、感覚というのは「いつの間にか」浸透しているものである。

私たちが知らない間に、神経回路が出来ているのかもしれない。

かつてのダウンタウンが、そうであったように。

 

PROFILE

Mirai Natsuki

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