ESSAY

本を読む意味なんて、一体どこにあるっていうんですか?

「読書をしなさい」
と、叫ぶ大人どもがキライだ。

 

何様のつもりだろう?

どこの世界で、あんたらにそう言われる筋合いがあるというのか!?

 

なーんて、へそ曲がりのわたしは思ってしまう。

 

そもそも、本を読む意味なんて、あるのだろうか?

 

そのあたり、ちょっと考えてみましょう。

必要じゃないと、本なんていらない

冒頭とすこし矛盾してしまうのだけども、わたし自身はこれまで、
「本を読め!」
なんて言われた経験がない。

 

それに加えて、

「勉強しろ!」

と押しつけられたこともない。

 

もしそんなことを、親をはじめとする大人どもに強制されていたら、
自宅に火をつけていたか、
ボトラーと化すほど引きこもりになっていたか、
のどちらかになっていただろう。

 

ま、幸いにしてそんなことはなく、また本はいくらでも買ってくれる家庭環境だったので、

わたしは比較的早いうちから、読書習慣が身についてはいた。

いつしかゲームをすることよりも、読書の方が重要になっていった。

 

べつに、親が読書家だった、とかいうわけではない。

本棚はあったけども、置かれていたのはかつて買い揃えた絵本や辞書ぐらい。

つまり、ごく一般的な家庭だった、と思う。

 

では、わたしがなぜ読書をするようになったかというと、
単純に知りたいことがあって、その類の本を読む必要があったからだ。

それからアメーバのように知識が増殖していって、結果、本をたくさん読むようになっていった。

ただそれだけのこと。

 

そんな経験から言えることはただひとつ。

「本なんて、必要に応じて読めばいいじゃーん」

 

わたしは読書という行為に対して、合理的基準しかおいていない。

巷で叫ばれるような「重要性」なんてもの、まったく感じない。

必要であれば、読めばいい。

読書なんてのはそのための発掘作業。

そして本とは、その時に使うひとつの道具にすぎないのだ。

 

なので、教養を増やそうとか、ディレッタントになろうと躍起になって本を読もうとしている人をみると、

「おいおいおい、大正時代かよ、『魔の山』なんざ読んで楽しい?」

と鼻で笑いたくなる(イヤな奴)。

なぜ「本を読め!」と叫ばれるのか?

けれどもこの頃は、トーマス・マンどころか、本そのものを読む人が減っているわけで、

わたしみたいなイヤな奴が、指差しながらお腹抱えてわらうこともできない事態だ。

 

そこで、知識人連中が、

「本は役に立つから読むべきだ!」

と叫ぶ。

そして学問がない大人どもが拍手喝采し、

「そうだ、そうだ!」

と便乗する。

 

だがそんなの、この21世紀の現代にあるべき光景だろうか?

啓蒙思想なんて、とっくの昔に終わったはずなのに!

 

千歩譲って、大学教授や教師といったインテリ階級が言うのはわかる。

だってそれが仕事だもんね。

だけども、便乗しているだけの大人はなんだ?

そういうあなたは、なにを読んでいるのですか?

 

と、ちくま文庫のしおりを差出したくなってしまう。

 

 

「読書離れ」という噂

「読書離れ・活字離れ」

なんて言葉も、ずーっと叫ばれている。

 

わたしはこれ、大半はウソだと思っている。

というか、そんなのないんじゃないか。

 

そもそも「読書離れ」なんてのは、30年以上前から喧伝されているのだ。

古い『読書案内本』みたいなのをめくると、

「最近の若い人たちは、まったく本を読んでいないようですが〜」

なーんてことが書かれてある。

 

だから「読書離れ」とは、世間が勝手に広めた、

「噂」

みたいなものじゃないだろうか。

これといった根拠なんてないのだし。

 

もちろん読書アンケート的なもので、

「毎月読む本数が年々減っている」

というのはありはする。

けども、比較対象の時代も環境も、まるで違うわけだ。

スマホもゲームもないとんでもない原始時代と今では、状況があまりに違う。

だから、現代と50年前のそれを比較されて、

「読書離れが進行している!」

と、大騒ぎされても、こちらとしては苦笑するしかない。

 

それでもなぜ、出版社はじめ大手メディアが、

「読書離れ!活字離れ!」

とバカのひとつ覚えみたいに叫ぶかというと、

単純に出版物の売上が減っているからだ。

 

新聞も書籍も年々右下がりなのは、周知の事実。

それで既得権益が得られなくなるから、

「本を読まねー(買わねー)奴は、人間じゃねー!」

みたいなニュアンスがこもったアジを、御用知識人を使って投げ飛ばすのである。

で、結局、読書はした方が良いのか?

さっきも述べたように、わたし個人の考えを言えば、

「本なんか読もうが読まなかろうが、どっちでもいいんじゃないの?」

となる。

 

だって、読書なんかしなくてもべつに生きていけるし。

 

一方で、

「得か損かでいったら、多少は得が多いんじゃないかな?」

とは思う。

 

やはり、知識は深みを増していくし、広がっていきますからね。

それはそれで楽しいし、いい暇つぶしになる。

なにより本には、ネットで得られないことが、ヒマラヤ以上にあるのですよ。

 

ということで、読書をしたいって人は、いい読書体験を!

 

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