ESSAY

天才型と努力型、あなたはどっち?〜島田紳助に学ぶ成功者の法則〜

「成功者はみんな努力している!」

そんな意見がある。

 

うん、たしかにそうだろう。

「努力に勝る天才なし」という言葉があるぐらいですからね。

 

その一方で、

「努力なんかしてないけど、なんかスゴいことしてた」

という人もいる。

 

そんな人をわたし達は「天才」と呼ぶ。

 

しかし、「天才の定義をしろ」と言われたら難しい。

 

そもそも「天才」とはなんだろう。

また、天才が努力した場合、いったいどうなってしまうのでしょう?

「絶対的天才」は存在しない

いきなり結論を出すと、「絶対的天才」なるものはこの世に存在しない。

なぜなら「天才の定義」というのが、そもそも不可能だからだ。

 

たとえば、「あの画家は天才だ!」と誰かに賞賛されていても、アートに精通していないとそのすごさは理解できない。

音楽や文学の世界もまた同じ。

 

文化芸術とは、結局は主観的評価に頼らざるを得なくなるし、

最終判断は自分の「好み」の問題になってくる。

だから、万人が納得する「定義」なんて出来っこない。

 

ただし、その文脈や客観的評価を踏まえ、かつ自分の好き嫌い(主観的評価)を排した場合「〜の天才」と呼ぶことはできる。

絵の天才、ピアノの天才、詩の天才、といったように。

 

「客観的事実至上主義」である自然科学も、その意味でいえば同じだ。

数学の天才、物理学の天才、化学の天才……

と、やはり属格付きで「〜の天才」と呼ばなくてはならない。

 

以上の点から、「天才」とはどれも「相対的」なものであって、「絶対的な天才」は存在しないことになる。

 

ただし、複数の分野で天才的偉業を成し遂げた人物もいたりはする。

ダ・ヴィンチやらゲーテやら南方熊楠やら。

なので彼らを「万能の天才」と呼ぶわけだが、それはあくまで常套句。

万能人なんて、神か悪魔以外ありえない。

なので本来なら彼らのことを「複数の分野に渡って偉業を成し遂げた天才」と呼ぶべきなのだが、

まあメンドーだから「万能の天才」と呼んでいるだけの話なのである。

天才「的」な人たち

その一方で、「天才的」なる人がいるのも事実!

 

先天的に能力を備えもっている、神に選ばれし「ギフテッド」。

常人には決して追いつけないし追い越せない「雲の上の人物」。

 

計算を一瞬で出来たり、見たものをすべて記憶したりできる、という神業を持つ人が実際にいる。

映画『レインマン』で有名になったサヴァン症候群の人が好例ですね。

 

まあこれは極端にせよ、「教わらなくてもすぐできる」という人は一定数いる。

一瞬で教師よりもピアノが上手く弾けたり、デッサンの勉強なんかしなくとも写実的な絵を描いたり、小学生なのに微積分が解けたり……

 

こういった能力を持った人は、やはり「天才的」と言わざるを得ない。

もちろん、その才能を「器用貧乏」に終わらせず、どこまで伸ばせるかは本人と環境によるのだけど。

成功者とはなにか?〜島田紳助理論に学ぶ〜

才能があっても、成功しないと宝の持ち腐れだ。

 

ここで言う「成功」とは社会的成功、つまり「地位+評価+収入」の3つを合わせたものを指す。

芸術家やタレントだったら「売れた」になるし、プロ野球選手なら「活躍した」、学者だったら「新説を発見した」となる。

 

そして、「成功者になる」ためのひとつの法則がある。

戦略と話術の天才・島田紳助がそれを見事に理論化しており、簡単にまとめるとこうだ。

・努力も才能も、各0から5まである。

・「才能が5ある人間」が、「5の努力」をすると、最高点の25の結果が出る。

・つまり、才能が5あっても努力が0だったら、成功しない。

・もちろんその逆もしかり。

この法則を、ダウンタウンに当てはめてみましょう。

 

松本人志は天才型で、浜田雅功は努力型である。

 

デビュー当初のこの2人、なかなか芽が出なかった。

(しかもコンビ名が「ダウンタウン」ではなく「ライト兄弟」という絶対売れるはずない名前……)

当時の松本は、「俺の笑いが分からないお前らが悪い、死ね!」と完全にのぼせ上がっていたので、もちろん努力なんてしない。

だって、才能度数がすでに「5」だったから。

 

一方で「あのコンビはツッコミがアカン」と先輩たちに指摘されていたらしい。

そこで浜田青年は、努力に努力を重ねた。

それがいつしか、努力度数が「5」となった。

さすがスパルタの超名門・日生学園を卒業しただけありますね。

 

かくしてダウンタウンという悪ガキ2人は、5×5=25という最強コンビとなり大成功を収めたのである。

 

ここで示唆されるのは、やはり法則通り、

才能があっても努力が0だったら、成功はない

ということだ。

5×0=で0になっちゃいますからね。

 

いくら努力しても、才能がそもそもなかったら成功なんてしない。

また才能を磨くことはできても、あとから身につけることはほぼ不可能。

お笑いやタレントや文化芸術といった 「才能優先」の世界は特にそうだ。

だから紳助は前提として、「結局、なんでも才能なんよ」と言うのだ。

 

うーん、現実ってのはキビシイですね……

 

もちろんこの法則にも欠点がある。

「数値化が曖昧」なのだ。

本当は才能が無いくせに「オレは才能5ある」と勘違いしてしまったり、ものすごく努力をしてるつもりでも実は「1か2」で空回りしていることもある。

 

それについて紳助は、

「たとえばM−1の二回戦で落ちてる時点で戦略を見直すか、才能の有無を確かめた方が良い」

とアドバイスしている。

 

つまり、「客観的評価(ここではM-1)を元に、自分を相対化して数値に置き換えろ!」ってことだ。

うーむ……

自分に才能があるかどうか見極める方法

上記の紳助理論に基づくと、「才能があってこその努力」となる。

 

お笑いに限らず、芸術もスポーツも学術も、そして身近な職業にも、才能の有無が関係する。

才能という言葉が大げさなら、「素質」と言い換えても良い。

もっと言えば「自分に合っている!」と心底思えるかどうかだ。

 

ここで好例となるのが、作家の村上龍

 

彼が学生時代にマラソンをやらされた時の話。

信じられないことに彼は、たった500メートルもすると走るのをやめて、口笛を吹きながら虚弱児たちと喋りながらだらだらと歩いたのだという。

いわく、「単純に苦しくなったから」。

肺活量が常人以上あったというのにそんな性格だから、当然スパルタ教師たちからは、

人間のクズ

呼ばわりされ、ひどく傷づいた彼は長崎から博多まで家出を決行したとか。

(参考:村上龍『69』)

 

ようするに村上龍という人は、

「自分に合ってないものは、すぐイヤになって投げ出す」

という典型例なのだ。

 

で、そんな彼でも、「ずっと続けていられる」というのに出会うことができた。

それが、「小説を書くこと」。

インタビューやエッセイでもくり返しこう言っている。

「小説を書くのはぜんぜん好きじゃないけど、これだけは自分に合っていると思える唯一の職業」

つまり、小説を書く「素質=才能」が龍さんにはあったわけだ。

それもあふれんばかりに。

そして、まあそれなりの努力をしたので、ここまでの作家となれた。

ちなみにもう一人の村上さんも、

「結局は自分に合ってるかどうかなんですよ」

みたいなことを言っている。

 

 

合う合わないは、職業に限った話でない。

 

たとえば趣味でバイオリンをはじめたとしよう。

「あれを弾いてみたいな」という憧れはある。

そして練習(努力)をしてみるが……ちっとも上達しない!

何回やっても『ドラえもん』のしずかちゃん状態。

そしてイライラして、練習するのもイヤになってくる。

 

そういう人は、「バイオリンを弾く素質が、そもそも先天的にない」と、どこかで悟らないといけない。

でないと、それはもう趣味どころか、ストレスの一因になって人生をつまらなくするものになってしまうから。

 

もちろん、

「それでも弾けるようになりたいんだ!」

という意志(ある種の素質=才能)の元、血の滲む努力をして、ある程度弾けるようになることがあるかもしれない。

才能1×努力5=5、というように、最小値5の結果が出たわけだ。

それはそれで、素敵なことだとは思う。

自分に「合ってるなにか」を見つけよう

以上ざっとまとめてみしょう。

・「天才」とは「相対的な評価と呼称」

・「天才タイプ」と「努力タイプ」は存在する

・社会的成功とは、才能×努力の積である

・才能を優先的に把握しないと、努力してもムダ

・逆に、才能があっても努力しないとやはり成功しない

・その意味で、「努力に勝る天才なし」

・才能=素質とした際、その判断基準は「自分に合うかどうか」

う〜ん、なんか現実を突きつけられるようで、しょんぼりしますね。

まあでも、現実的・合理的に考えたら頷かざるを得ません。

 

最後に記した趣味や生き方に関しては、

「適していないことをイヤイヤやってないで、

自分に合ったのを探す努力をした方が人生得するんじゃないっすかね?」

とは強く思う。

偉そうに書き綴っているこのわたしもその1人だ。

そのためには、いろんなことを体験し、何かを知ることが重要になってくる。

そういうことで、日々「興味のアンテナ」を伸ばして、なんでもコミットしてみましょう。

 

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