REVIEW

世界を分析する力を! 『ものぐさ精神分析』2-書評

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外的自己と内的自己、そして日本の分裂気質

岸田は続けて、R・D・レインの『引き裂かれた自己』を参照にしながら、〈外的自己〉と〈内的自己〉について述べる。

 

まず、〈外的自己〉とは、他者をはじめとする外界との関係性を第一とし、当人の内的な感情等は切り離された、無味乾燥なものを指す。

対して〈内的自己〉とは、そのような〈外的自己〉を偽りの仮面と見なし、俯瞰的な見方をする自己のことだ。

 

〈内的自己〉は〈外的自己〉を否定しまくるので、2つの自己の間に強烈な乖離が生じ、しだいに妄想的、そして分裂と断絶が起きる。

そのため、アイデンティティ・クライシスが発生する。

 

尾崎豊の『15の夜』を一節を引用すれば、

自分の存在が何なのかさえ 分からず震えている

ということだ。

 

先述したように岸田は、その〈分裂気質〉の発端は、近代以前の日本(=世間知らずの子ども)が、黒船来航をきっかけにした急激な近代化(=無理やり大人化計画)をせざるを得なかったことに起因する、と分析する。

 

奇形的に近代化(大人化)された日本は、先の〈外的自己〉と〈内的自己〉に鉄球の振り子のごとく、揺られに揺られて、やがて分裂していった。

 

ベリーショックからまだ間もない頃、さっそくその症状が如実に現れた。

開国論と尊王攘夷論の対立である。

 

ここでは開国論者を〈外的自己〉、攘夷論者を〈内的自己〉の持ち主であるとする。そして歴史的には、前者が勝った……わけだが、その結果、〈内的自己〉は抑圧され、潜在的に肥大化してしまった。

その一連の流れを、岸田はこう記す。

抑圧されたものは必ずいつかは回帰する。開国は一時の便法であり、本音は攘夷にあった。政治機構から風俗習慣に至るまで、急激な欧米化が実行される。不平等条約の改定をめざして、一方では富国強兵が叫ばれ、他方ではグロテスクなほど卑屈な鹿鳴館外交が展開される。これらのことは和魂洋才というスローガンによって合理化された。和魂洋才とは外面と内面とを使いわけるということである。これこそまさに精神分裂病質者が試みることである。p.18~p.19

夏目漱石の憂鬱

この揺れ動く2つの自己と分裂気質を明確に把握し、また最も憂いていた人物として、私は夏目漱石を挙げたい。

 

漱石のような人物があの時代を生きる、というのは、想像を絶するほどキツかっただろう。

不遇な少年時代を過ごすも、当時最高の教育を受けた知識人。

 

しかしその立場やあり方自体にも疑問を抱き、胃潰瘍をはじめ多くの持病を持ち、そしてなにより(というか、だからこそ?)、彼自身がまた分裂病気質をもっていた……

 

つまり、歪に近代化する日本と漱石自身は、合わせ鏡であったのだ。

 

『吾輩は猫である』のなかで、彼はこう書き記している。

鏡は己惚(うぬぼれ)の醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である。

内的自己の発散としての日米開戦

『ものぐさ精神分析』に話を戻そう。

 

本書で岸田は、ペリー来航以来、発症した日本の分裂気質のピークを、〈日米開戦〉に見る。

〈外的自己〉という仮面を投げ捨て、ぐつぐつと煮込みきった〈内的自己〉が、ついに爆発したのだ。

精神分析および医学的には、これを〈発狂〉と呼ぶ。

 

そしてこの発狂によって、長年抑圧されてきたものは解放され、そして皮肉にも、これを機にいちおうの統一、すなわち〈アイデンティティの確立〉を達成したわけである。

 

しかし、日本はこの戦争に負けた。

それも大敗北である。

戦争という手段でやっと確立できた〈自己〉も、焼夷弾や原爆が落ちた焼け野原のごとく、なんにもなくなった。大日本帝国も、大東亜共栄圏も、すべて幻想であったことを、露骨なまでに突きつけられたのである。

青春が終わった結果・・・

それから日本はどうしたか?

 

〈復興〉という共通目的ができた。

そして奇跡的にもそれは、大成功した。生活は年々豊かになっていったし、国民の胸の中には、たしかな希望があった。

 

復興から高度成長期というのは、私が思うに、日本にとっての〈青春〉だったのだと思う。

つまり、大人になるための通過儀礼。

 

もちろん、青春はいつしか終わる。それも気づかぬうちに。

「ペリーショック以来のトラウマは、まだ瘉えていない」と、小論の終わりに岸田は言う。「だから、外的自己と内的自己の統一があらためて必要」とも。

 

本書が書かれたのは、ちょうどオイルショックを経験してしばらくの頃だ。

つまり、青春が終わった=高度成長が終わった、というのが生活にも現れ出した時代である。

 

それから数十年、はたして日本は、癒やしを得て、自己の再統一を成し遂げられたのか?

 

もちろん答えは、NOだ。

個人的に言えば、「もうそんなこと、そもそもありえないのではないか」という諦念すらある。

青春時代が終わったけども、なにをしたら良いのか結局分からないし、なんか面倒くさいから家に引きこもってネットでもしておこう――そんな空気が、すっかり染み付いている。

 

それが良いとか悪いとか、言いたいわけではない。

ただ、事実確認ぐらいはして良いと思う。

 

それはすなわち、わたし達のまわりを囲む鏡で、自分自身を(あるいは、国家を)いま一度確認すること。

漱石が書いていたことが、身にしみて来るはずだ。

 

そしてこんなことを、半笑いで気づいてしまうだろう。

「オレたち、よくわかんないけど、爆発するかもな!」

誰かに向かって、「リア充爆発しろ」と毒づいているヒマなんて、わたし達には無いのである。

 

 

 

PROFILE

Mirai Natsuki

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