REVIEW

世界を分析する力を! 『ものぐさ精神分析』1-書評

世界を見る方法はたくさんある。

 

それはたとえば、科学的視点かもしれないし、倫理的視点かもしれない。

3大欲求に飢えている時となれば人は、科学や倫理なんてどうでもよくなって、動物的(本能的)視点で世界を見るだろう。

 

なので、〈世界の見方〉なんてのは人によって異なるし、時と場合によって変化する。世界とは、決して1つだけの視点で成立しているわけではないのである。

 

岸田秀という心理学者は、『ものぐさ精神分析』において、世界を〈精神分析学〉的に見ることを試みた。それも徹底的にだ。

 

精神分析学的に世界を見る、とはいったいなにか?

そもそも、〈精神分析学〉とはなんだろう?

ざっとおさらいしてみよう。

抑圧された「何か」を、意識化する

精神分析学の創始者であるジグムント・フロイトは、こう定義している。

「精神分析学とは、抑圧された心的なものを意識化する仕事である」

つまり、表に現れていない抑圧されたワケのわからない何か(=無意識)を掘り起こし、意識化(=言語化)させるための分析法だ。

もっとくだいた言い方をすれば、

「自分が気づいてなかったことを、気づかせること」

である。

 

周知の通り、この思考法および方法論は極めて画期的であり、20世紀から現代にいたるまで、多大な影響を及ぼしてきた。それは臨床医学や心理学にとどまらず、たとえばシュルレアリスムの作家たちは、これを理論武装とした。

〈無意識〉、〈コンプレックス〉、〈エゴ〉といったように、日常語と化している言葉も多くある。その一方、発表当時から賛否両論で、中には「オカルトだ!」と叩き上げるアンチもいるほど、いわくつきの学問であったりもする。

 

そんな精神分析学というレンズを使ってみると、世界はいったどう見えるだろうか?

ゆるい、だけども、深い。奇妙な書

1977年、岸田秀が出した『ものぐさ精神分析』という本は、一風変わっている。学術的に難しいことが記されているようで、どこかゆるい。そうはいいつつも、やはり深いことがちゃんと書かれている。ジャンルとしては思想書に分類されるが、いわゆる〈お硬い本〉とも違う。

 

〈ものぐさ〉とは、つまり〈無精者な、気まぐれな〉を意味する。あとがきで書かれているように、そんな著者の性格がおおいに反映されたのが、このような形になったのかもしれない。

 

著者の予想に反して、この本はベストセラーとなった。1980年代のいわゆるニュー・アカデミズムの先陣を切り、後進の若手知識人、文化人から絶大な支持を得る。

 

映画監督・俳優の伊丹十三はその筆頭格だ。本作に出会ってから彼は精神分析学に入り、しまいには専門誌まで創刊してしまうほど傾倒した。そしてそこで得られた知識と着眼点は、自身の映画作品に多く反映されている(生=性と死、すなわち〈エロス〉と〈タナトス〉など)。

伊丹は文庫版で解説を書いている。「お見事!」と膝を打ちたくなるほど、よくできた解説だ。文庫にして400ページ以上ある本作であるが、この伊丹の解説を読んでから(および著者あとがきを一読してから)本編に入るのが、ハードルが低くなって良いと思う。

 

本作は〈歴史について〉、〈性について〉、〈人間ついて〉、〈心理学について〉、〈自己について〉の五部構成になっており、部のなかでも各小論が独立している。そのため結構な数になるので、あとがきで岸田は、こんな提案をしている。

いろいろと雑文を並べてあるが、忙しくて時間がないか、めんどうくさいかで全部読む気になれない人は、「日本近代を精神分析する」、「国家論」、「性的唯幻論」、「セルフ・イメージの構造」、「時間と空間の起源」だけを読めばいいのではないかと思う。それでもまだ多過ぎるという人にも、「国家論」だけは読んでもらいたい。p.416

最後の最後まで、〈ものぐさイズム〉を通しているのがおもしろい。ここまでの〈ゆるさ〉は、それまでの知識人(たとえば丸山眞男や吉本隆明など)にはなかったものでないか。

 

しかしながら、そんなゆるさとは裏腹に、その論考は医療用メスのように鋭い。そして人間を、日本を、世界を、そして自分自身(岸田本人)をも、解剖(分析)していく。術式はもちろん、〈精神分析学〉だ。

日本近代を精神分析してみると……

岸田は冒頭論考である「日本近代を精神分析する」において、

「日本国民は精神分裂病的である」

と断言している。

(※精神分裂病とは統合失調症の旧称のこと。以下、原文通りとする)

 

どういうことか?

私なりに要点部分(p.15~p.16)をまとめるとこうだ。

 

――日本は有史以来一度も外国の侵略や支配を受けず、そして長年の鎖国政策を行った。その結果、甘やかされた子どものごとく、精神年齢が幼いまま、ぬくぬくと存続していた。もちろん中国、朝鮮、ポルトガル、オランダといった少数の外国との付き合いはあったにせよ、それは日本側からの一方的なものであって、こっちが気に食わなければ「いつでも絶交する」といった、やはり幼い外交しかやってこなかった。

 

そんななか、突如現れたのがペリー率いる〈黒船の一味〉である。しかし、その時の日本は、大人の人間関係(=外交)を結べるほど、まだまだ精神的に熟していなかった。だからと言って、追い払う力もない。結果、無理やり開国させらた。そしてこの〈ペリーショック〉が、日本国民の精神分裂病的素質を生みだしたのである。――

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Mirai Natsuki

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