ESSAY

リア充なんてホントはいない!ハロウィンはなぜバカっぽくみえるのか

ハロウィンが大々的なイベントなって久しい。

 

お店へ行けばオレンジだらけの飾りものでいっぱい、テレビをつければハロウィン特集の歌番組、

月末になれば、渋谷や池袋といったターミナル駅前でコスプレした連中であふれる。

 

そしてそんなバカ騒ぎについていけない人がたくさんいる。

仮装して騒いでる連中のことを、(主にディスプレイ越しで)嘲笑する。

そこでの合言葉はもちろん、「リア充爆発しろ!」

 

しかしわたしは思うのだが、仮装している連中は果たして「本当のリア充」なんだろうか?

そもそも、「リア充」ってなんだよ?

そしてなぜ多くの人は、「リア充とされる人々」を小バカにするのだろうか?

 

そのあたり、考えてみましょう。

ハロウィンの騒ぎ=幼稚にみえる=頭悪くみえる=バカにみえる

駅前、つまり公衆の前で、オバケやアニメキャラやその他ウケをねらったコスプレをする、それも大の大人が、しかも集団で。

どう考えても、常識的ではありませんね。

 

ターミナル交差点なんかでそんな連中があふれてる様は、まるでキモい虫たちがゴチャゴチャとうごめいているよう!

 

そんな光景に対する一般人の反応は、ただひとつ。

「バカじゃねえの、こいつら」

 

そう、言い方は悪いけど、バカなことをしているののだ、ハロウィンのコスプレ騒ぎなんてのは。

 

ではなぜ、そうみえてしまうのだろうか?

 

理由は簡単。

 

いい歳した大人が、

恥もなくハレンチな格好で、

公衆の場で夜どおし騒いでいるからだ!

 

 

これが年端もいかない子どもだったら、微笑ましく見ていられる。

ちびっこ達は夜中の駅前ではなく、幼稚園や保育園なんかで、「トリック・オア・トリート!」と騒ぎまくる。

そして大人たちはニコやかに、お菓子を与える。

これが従来の日本人が抱いていた「ハロウィンのあるべき姿」だ。

 

にも関わらず、そんな幼稚なことをいい歳した連中がやっていると、不快に感じてしまう。

それゆえ、頭が悪いというか、精神年齢が低いというか、白痴的というか、

ようするに、バカっぽく見えてしまうのだ。

でも、ハロウィンっていう祭りだからいいじゃん?うぇ~い!

しかし、そもそもハロウィンとは祭りだ。

祭りとは騒いでこそなんぼの世界。

だからハロウィンで騒ぐのは正当なんだ!

 

なんて論理も通用するし、むしろ正論だったりする。

かのフロイト先生もこんなことを仰ってます。

祭りとはタブーを犯すことである

 

 

考えてみれば、神社の例大祭も、どんちゃん騒ぎじゃないですか。

神輿担ぎなんて、「ワッショイ!ワッショイ!」とパーなかけ声と共に、老若男女ピストン運動的な動作で街中を徘徊し、最後は神社内に「宮入り」するというイベントだ。
まあきっと、なにかのメタファーなんでしょうね。

 

他にも、政治選挙。

 

以前この記事でも書いたように、選挙とは祭りだ。

だから期間中は、いっつも騒がしい。

駅前で耳がキンキンするほど大音量で街頭演説したり、

閑静な住宅街を、バカのひとつ覚えみたく選挙カーで自分の名前を連呼したり……

と、どれも常軌を逸している。

けれども、それは「選挙という祭り」だから許されているわけだ(ま、われわれ庶民からしたら迷惑ですけどね)。

 

そんなわけで、構造だけ抜きとると、ハロウィンも他の祭りと同じなわけだから、「そんな目くじら立てるなよ」となってきたりする。

それでも小バカにしたくなる心境

冒頭にも書いたとおり、

「わけの分からんコスプレを集団的にやっているのがキモい」

という気持ちを、多くの人が抱いている。

 

その一方で、

「そんな楽しそうなイベントに参加できない自分って……」

という嫉妬心と羨ましさが混じった気持ちが、無意識にある。

そしてそれは、なかなか自覚しにくい。

 

そんな表面的な感情と、無意識に溜まったコンプレックスが核融合をおこして、

「リア充爆発しろ!××××どもめ!!!×ね!」

と主にネット上で絶叫してしまうのだ。

(もっとも、実際に爆発してるのは「そう叫んでいる本人」ってことになるんですけどね)

 

で、ここで叫ばれる「リア充」とは一体なんだろうか?

直接的には、公衆の場でハレンチなコスプレをして騒いでいる連中だろう。

つまり、「うぇ~い!」とバカ騒ぎできる人たちのこと。

 

しかし、はたして彼ら彼女らは、言われてるほど本当に「リア充」なんだろうか?

 

わたしは「違う」と思う。

というのも、ああやって騒いでる人のほとんどは、承認欲求に飢えている。

それを解消するために、公衆で騒ぎ、その様子をSNSにアップする。

 

それはつまり、

「アタシをボクを、見てよ!イイねって褒めてよっ!」

と見せびらかしをしているに過ぎない。

そんなメンドーなことまでして、承認欲求解消に勤しんでいる時点で、そもそも「リア充」とは言えないのではないか?

 

自分自身への満たされない欲求が強く、それを麻薬を求めるがごとく追い続ける限り、リアルが充実することなんてない。

ということは、「リア充」なんてのは実は幻想で、都市伝説的な概念に過ぎないんじゃないのか。

 

もちろん傍からみれば、仲間とバカ騒ぎできる時点で、「リア充」と映るのだろう。

けれども、それはあくまで客観的評価だ。

だから今後は、「〈客観的リア充〉爆発しろ!」と叫ぶべきかもしれない。

ハロウィンを楽しむ3つの方法

 

そんなこんなでメンドーなことを記してきましたが、最後に「ハロウィンの楽しみ方」を。

 

・かぼちゃプリンを食べ比べる

コンビニやスーパーに行けば、期間限定のかぼちゃプリンが売られています。

プリン好きや、期間限定商品に目がない人は、ぜひ食べ比べてみてください。

ただし、食べ過ぎると気持ち悪くなってくるので注意してね。

 

・ハロウィン的な映画を観る

オススメは『E.T.』。

あのアメリカンで牧歌的な感じにほっこりしますね。

宅配ピザでも食べながら観るとなお良し!

他にも、『グレムリン』や『ゴースト・バスターズ』あたりも面白いですね。

だってハロウィンって、オバケやモンスターの祭典なんだから!

 

・コスプレ妄想をしてみる、そして……

「あんな白痴的なコスプレとかオレはしないけど、もしやるとしたらなにをしよう……」

と妄想するのは楽しい。

頭の中でいつでも出来ますね。

ダークな感じのだったら、なんでも良いんじゃないでしょうか。

 

個人的には『ゴッドファーザー』のドン・コルレオーネや、

『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士とかオススメです。

 

そして『バッドマン』のジョーカーになりきるぐらい妄想が捗ったら、実際にコスプレしてみるべきです。

ニヤニヤしながら街へ出て、愚民どもをあざ笑うかのようにこう叫ぶと良いでしょう。

 

They’re only as good as the world allows them to be!
「あいつらは、自分の都合のいい範囲で善良な市民なのさ!」

 

そして最後はこう決めるとカッコイイですね。

 

“Never stop having fun!”
「楽しむことを忘れるな!」

 

 

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