REVIEW

認識・仕事論としての『「松本」の「遺書」』1-書評

笑い、というと低俗なものとして見下げる人は多い。

 

たしかにお笑い番組ひとつ観て、教養を得ることは少ないだろうし、いわゆる〈感動〉することもない。そもそも〈笑う〉という反応には、緊張の解放、すなわちオルガズムのそれによく似た、「己の内面を制御不能なまでに露出する」要素がある。ゆえに人々は、無意識に〈笑う〉ことを反理性的なものと捉え、それをかき立てる〈お笑い〉なるものを「下劣なもの」と見なしてしまう。

 

その一方で、似た反応である〈泣〉に関しては、多くの人が寛容的だし、むしろ賞賛する。浪花節の文脈がある日本においては、「お涙頂戴」とばかりに、〈泣〉で物事を通す傾向が強い。それを極限し、陳腐な表現で言語化すると、〈泣〉は〈感動〉という言葉に変わる。「泣くほど、感動しました」とは言っても、「笑うほど、感動しました」とは言わないし、誰も理解しない。

 

〈笑〉と〈泣〉。

同じ生理的反応であるはずの二つの捉え方が、なぜこうも違うのか。

 

私が思うに、〈笑〉と〈泣〉の間にある経験数と、その認識の違い、が大きいのではないだろうか。

たとえば人は、生まれた瞬間から泣きわめいている。そして自分の感情をコントロールできる年頃になるまで、〈泣く〉ことが他の感情より優位に立つ。しかし歳を経るにつれ、それは少なくなる。

この時点で〈泣く〉ことは、希少価値化されているのだ。

 

だから、たとえば「お涙頂戴」な映画なんかを観て涙した時、〈泣く〉ことを〈感動〉という一次元高次なものとして、勝手に認識してしまうのではないか。そしてそのひとつひとつが。〈尊い感動体験〉として刷り込まれていくのだ、〈泣く〉=〈感動〉=〈尊いもの〉として……

 

対して〈笑う〉ことは成長するにつれて増えていき、〈泣く〉ことと交代するよう日常的なものとなる。だからいちいち、〈感動〉なんてしていられない。それゆえ、〈笑い〉を〈感動体験〉とすること、つまり〈尊いもの〉と捉えることが、認識レベルで欠如しているのではないか……

 

この〈笑い〉について考察するうえで、もっとも参考になるのがダウンタウンだ。

 

大ベストセラー作家・松本人志

兵庫県尼崎市という、工業地帯の下町が産んだこの悪ガキ2人について、改めて説明する必要はないだろう。また、お笑いのカリスマだからといって、神格化するようなこともしない。

 

そもそも私にとってダウンタウンとは、好きとか嫌いとかで判別できるものでないのだ。あえて言えば、言語や概念、文化的遺伝子(ミーム)といったものに近いと思う。日本で育ったがゆえに日本的思考をしてしまうように、ダウンタウンを知ったせいで、ダウンタウン的思考が脳神経に埋め込まれてしまった(もっとも、その神経がひねくれすぎてるせいで、時おりうっとうしく感じたりもするが……母語のそれと同じく)。

 

彼らを知ってすぐさま手に取った本が、この『「松本」の「遺書」』だ。

 

当時小学生で、さして読書習慣がなかった私が、はじめてむさぼるよう読んだ本である。

 

本作は、1993年から1995年にかけての2年間、週刊朝日で連載された松本人志のエッセイをまとめたものだ。単行本としては、94年に『遺書』、95年に『松本』が刊行され、それぞれ200万部以上を売り上げた。そして1997年に、これら2つを合本した文庫本(本作)が発売。3冊累計で、500万部以上売れたことになるだろう。松本人志とは、実は大ベストセラー作家でもあったのである。

 

本稿執筆のために、十数年ぶりに再読したわけだが……オールバック左分けヘアだった頃の松本人志さん、よくもここまでギスギスと闘士に燃えていられたなあ、と思わずにいられない。文庫帯には、松本の目元アップが使われいるのだが、その眼光の鋭さといったら!

しょっぱなから、こんな激文を放つ。

ダウンタウンは、ほんとうにすごい二人なのである。とくに松本は今世紀最大の天才で、おそらくこの男を、笑いで抜くコメディアンは出てこないであろう。ハッハッハ。

『「松本」の「遺書」』p.16

当時、ダウンタウンはデビューして12年目、松本人志30歳である。

若手芸人、いや大物ですら、今こんなことを書いたら炎上不可避な、完全にのぼせ上がった一文と言わざるを得ない。そんな超がつくほどの自画自賛とトゲトゲしい文言が、このエッセイ集では終始続くのだ。

 

なので今、なまじ本作を読んでしまうと、「松本ってイタイわ~」とそれこそダウンタウン的に嘆いて苦笑してしまうかもしれない。くわえて、現在の松本と矛盾した記述が、あまりに多い。かるく例をあげても、「禁煙なんかしない」、「結婚なんかしない」、「映画なんか出ない」……

(そのあたりを、『水曜日のダウンタウン』という番組で指摘されていた。当人いわく「その当時のボクの考えですからねっ! 悪いことだとは思いませんよ!」――開き直ってると言うべきか、潔いと言うべきか?)

 

笑いに魂を売った男の戦記

それでも本書は、現代においても一読に値する。

 

まず松本人志という芸人が、いかに本気で〈笑い〉と対峙していたか、そしてお笑い芸人として「頂点に立っている」という自負と、それを証明するよう鬼のように仕事に打ち込む姿勢が、強烈に伝わってくるのだ。

オレは普段『週刊朝日』の連載で、オレはスゴイ、オレは一番だ、と言っている。読む人が読むと、なんて横柄で自信過剰なヤツなんだと思うかもしれない。でもオレは虚勢を貼っているわけでも、自己暗示をかけているわけでもなんでもない。本当にそう思っているのだ。自分に正直なだけなのだ。

同p.114

これは、第一線を走る者だけが口にできる言葉だ。

まさしく、「プロ意識の現れ」である。

さらにもう一文。

タクシーの運転手にせよ、クラブのバカ女にせよ、プロとしてのプライドがないのだ。道がわからないことはハジだと思えないのか? 客を楽しませてなんぼのクラブの女が、「おもしろい話して~」となぜ言えてしまうのだ? お前たちの存在理由はなんだ? プライドを持て!

同p.116

この部分は、連載中期のものだ。

初期と違って変に気負わず、比較的落ち着いた文章である。そして私が見るに、この「自分の仕事にプライドを持て!」というのが、松本が本作で伝えたかった、一貫したテーマだったのだと思う。

実際、連載後期になると、こんなことを書いている。

オレが言いたかったこと、それは、自分に自信をもつことは悪いことじゃないんだということである。~中略~。生意気だとか自画自賛だとかナルシストだとか言うヤツがいるかもしれんが、そんなもん関係あるかい。肩で風切って歩いたったらえんじゃい。自分が一番と思わんようなら芸人なんてやめちまえ。

同p.254

最後の一文が、実にかっこいい。

そしてどんな職業であれ、「自分の仕事にプライドを持つ」ことを、松本は不器用なりに力説する。そういった点でも、やはり本書は単なるタレント本ではなく、プロフェッショナル論として読むことができるはずだ。

 

その2「もはや、権力論と集団分析の領域へ」

PROFILE

Mirai Natsuki

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