ESSAY

ハンナ・アーレントが人類史上はじめて分析した3つの事と「アイヒマン裁判」での諸考察

ハンナ・アーレントの哲学は、今でも多くの影響を及ぼし続けています。

 

2017年には大作『全体主義の起源』の新訳版も出ました(相変わらず高い値段ですが)。

 

昨今のアーレント・ブームの要因はよく分かりませんが、公的な流れ(憲法改正、北朝鮮事情、テロなど)および、パラダイム・シフトに直面している現代で、「労働や生き方をどうしてゆけば良いのか」と考えさせられる機会が多いからでしょう。

 

アーレントの著作はほとんどが翻訳されており、解説書や評伝もかなりあります。

そのほとんどが難解ですが、中公新書から出ている『ハンナ・アーレント』は明快な文章でアーレント哲学を要約しています。

 

それを参照しながら、その哲学を探ってみましょう。

「〜だからこそ」の大哲学者

ハンナ・アーレントとは、「20世紀と人間を分析する」が為に生まれて来た哲学者です。

そしてここまで影響力を及ぼし続けている女性哲学者を、私は他に知りません。

あえて挙げるなら、フェミニズム運動の理論的旗手にしてサルトルの事実上の妻であったボーヴォワールぐらいでしょうか。

 

アーレントのその波乱に満ちたドラマチックな人生についてはよく知られています。

 

20世紀初頭、ドイツ帝国・ケーニヒスベルクにてユダヤ人家庭に生まれ、才女として育ち、学生時代にはベンヤミンやヤスパースと交流、そしてハイデガーとは愛人関係にまで至るも、ナチスが勢力を振るい始めた頃には亡命し、拠点をアメリカへ。賛否両論が巻き起こる著作を次々に発表し、晩年まで考察と執筆に明け暮れ、死ぬまで「考え」続けた、その人生……

 

極めてドラマチックで、その人生を描くだけでも良い映画になるでしょう(で、2012年に実際に映画になりました、名作です、絶対観ましょう)。

 

彼女の著作と思想と研究を大まかに分けると、「戦争と革命の20世紀という歴史への分析と考察」、そして「人間そのものの存在意義」の2つにあります。

 

たとえば1951年発表の『全体主義の起原』。

題名通り20世紀前半の歴史を決定付けた「全体主義」について考察されています。

これが1945年の第二次大戦が終わってからたった6年という歳月で書かれたというのがまず驚きです。

 

……というか、「だからこそ」書けたのかもしれません。

アーレントの場合、この「〜だからこそ」の力学が強く作用しています。

 

20世紀初頭のドイツでユダヤ人として生まれ育ったからこそ、ナチスの興隆を目の当たりにし亡命したからこそ、赤狩りと人種差別と戦争への加担が渦巻く実験国家アメリカに移住したからこそ、そして何より女性であったからこそ、ここまで巨大な思想を描けたのです。

人間の活動は3つある

1958年の著作『人間の条件』では、人間の活動を「労働(labor)」、「仕事(work)」、「活動(action)」という3つに分類するという画期的な分析を行いました。

人類史上、ここまで明確に「活動」を分けた人物はいません。

物事を分類しまくったアリストテレスですら思いもよらなかったことです。

 

アーレントの言う「活動」を簡潔にまとめると、以下のようになります。

 

労働」とは、新陳代謝や消費と結びつく肉体の労働のこと。つまり、生命維持(生きるため)の生理的な行動のこと。産物として何も残りません。

 

仕事」とは、耐久性のある物を成果として残す活動のこと。つまり、記録性のあるものを生み出すことを意味し、芸術作品もこれに内包されます。

 

そして「活動」とは、地球上に生き世界に住むのが一人の人間( man )ではなく、多数の人間( men )であるという事実に対応しての行動。つまり、他者を絶対必要とする活動力のことであり、その極地が政治となります。

 

どれも難しいですね。

とりあえず、「人間の活動には3つあるんだ」と思っておけば良いです。

 

それにしても、なぜ彼女はこのような分析が出来たのでしょう?

 

そんなことをアーレントに尋ねると、彼女はこう答えたそうです。

 

「まず、そんな質問をするのは男だけ」

「キッチンとタイプライターがあったから」

 

つまり、この画期的な分析も、女性という立場とその日常生活が「あったからこそ」生まれたわけです。

アドルフ・アイヒマンを裁ける者はいるのか?

『革命について』の考察と連動して行ったのが、『イェルサレムのアイヒマン』です。

 

ユダヤ人大量殺戮の行政的指導者であったアドルフ・アイヒマン

 

アドルフ・アイヒマン ハンナ・アーレント

 

逃亡先のアルゼンチンで逮捕された彼は、ユダヤ人の国家イスラエルのイェルサレムに連行されます。

 

1961年、そのイェルサレムにて公開裁判がスタート。

アーレントはそれを欠かさず傍聴し、1から10まで克明に記録、そして考察しました。

 

アイヒマンへの判決は、死刑。

翌1962年には絞首刑に処せられます。

 

一連の裁判に対してユダヤ人であるアーレントは、こんな疑問を呈しました。

 

「そもそもこの裁判自体は成り立つのか?」

「どうみても大量殺戮の判を押したとは思えない小役人たるアイヒマン、その彼から見える思考停止性」

「何より、誰しもがアイヒマンになる可能性を内包している」

 

1963年、アーレントは一連の記録と考察を『ザ・ニューヨーカー』に寄稿します。

すると瞬く間に賛否両論の嵐を呼びました。

特にユダヤ人やシオニシトから「裏切り者!」という罵詈雑言が。

送りつけられた抗議文は、文字通り部屋一杯になったといいます。

 

そんな抗議に対して、彼女は真摯に受け止めつつも、負けじと反論しました。

しかし多くの批判は感情論ばかり。

さらには、旧来の友人たちからも絶縁されてしまいます。

抗議とは違った意味で、辛いことだったでしょう。

 

それでもアーレントは、自分の意志を貫き通しました。

同調圧力に負けず、決してくじけない鋼のような意志が、彼女を奮い立たせたのです。

考えることは一生続く

アイヒマン裁判とアーレントの考察は、スタンフォード監獄実験やミルグラム実験といった心理学や行動学という、哲学以外の領域にも影響を与えました。

 

なにより、「人間性とは何か?」という本質的問題を投げかけたのです。

 

これは多分、答えの出ない問題でしょう。

ですが、瞬時に流動する世界、SNSやAIといったテクノロジーの大普及により、今後より一層問われる問題です。

 

そしてそれは、哲学者といったアカデミズムの人間に限った話ではない。

愚民たる私達が、いや愚民だからこそ、各自「考えていかねばならない」。

そしてそれは、死ぬまで続くのです。

 

ハンナ・アーレントの哲学を知ることは、考えるヒントであり武器になります。

どれも難しいですが一生ものになるので、ご一読を。

 

関連記事

哲学やるならソクラテス&プラトンから!独学者のための哲学まとめ

政治と民主主義ってなーんだ? – 選挙を楽しむ方法

 

PROFILE

Mirai Natsuki

物書きやってます。 最新情報は、以下よりフォローよろしくお願いします〜。

https://twitter.com/miraiNatsuki

タグ: , , , ,

  • ESSAY

    文化人はみんなタバコ吸ってたじゃないですか!〜絶滅する喫煙云々について〜

    2018-02-10

    READ MORE >

  • ボブ・ディラン Tシャツ

    FASHION

    『ボブ・ディラン 2010日本ツアーTシャツ』〜わたしを作ったコレクション

    2018-01-26

    READ MORE >

  • 音楽

    曲ができました。随時アップしていきますので、チャンネル登録よろしくお願いします!

    2018-01-25

    READ MORE >

  • ESSAY

    文化人はみんなタバコ吸ってたじゃないですか!〜絶滅する喫煙云々について〜

    2018-02-10

    READ MORE >

  • ボブ・ディラン Tシャツ

    FASHION

    『ボブ・ディラン 2010日本ツアーTシャツ』〜わたしを作ったコレクション

    2018-01-26

    READ MORE >

  • 音楽

    曲ができました。随時アップしていきますので、チャンネル登録よろしくお願いします!

    2018-01-25

    READ MORE >

  • ポーランド コレンダ キリスト教

    ESSAY

    ゆるゆるポーランド滞在記 – その5「新春!司祭の突撃家庭訪問」

    ナカイ レイミ

    READ MORE >

  • ESSAY

    週刊:今日の共産主義⑩ 『Must crush capitalism!』

    2018-07-21

    READ MORE >

  • ESSAY

    週刊:今日の共産主義⑨『ウンターデンリンデン!ウンターデンリンデン!』

    2018-07-14

    READ MORE >

  • ESSAY

    週刊:今日の共産主義⑧『東ドイツを資本家と米帝から取り戻す市民の会』

    2018-07-06

    READ MORE >

  • ESSAY, 海外, 美術

    ドイツ美術日誌:1「個展までの道のり」

    2018-07-04

    READ MORE >

  • ESSAY

    週刊:今日の共産主義⑦『ソビエトは死なない』

    2018-07-01

    READ MORE >

  • ESSAY, 海外

    かわいい子犬ちゃん〜謎雑種と眉間のシワ〜

    2018-06-24

    READ MORE >

  • ESSAY

    週刊:今日の共産主義⑥『プロレタリアは海上帝国主義を許さない』

    2018-06-17

    READ MORE >

  • ESSAY, 美術

    グイド・レーニの聖セバスティアヌスと『カルロ・ボノーニの聖セバスティアヌス』 ー週刊聖セバスティアヌス③ー

    2018-06-16

    READ MORE >

記事一覧 ESSAY, 美術