どうも!タイヘイです。
エカテリンブルクの見どころを知ってほしいと思い簡単な記事ですが作成しました!
ぼくはロシア構成主義とか、ソヴィエト芸術とか大好きです!
そのため選出には偏り(笑)がありますが、エカテリンブルク観光の参考になれば嬉しいです。
随時、情報の更新を行っていきます!
エカテリンブルクの見どころ・オススメ観光スポット11選
ロシア革命の時、ロマノフ王朝の皇帝一家が共産党に射殺されました。
ソ連崩壊後、その場所の上に教会が建てられ、『血の上の教会』と名付けられ、今ではエカテリンブルグのシンボルの1つになりました。
画家が天井にイコン画を描いていました。
向かいには、帝政ロシア時代からの教会があります。不思議なことにソ連時代も壊されることなく、いまも教会として利用されています。
エカテリンブルクには多くの共産主義モニュメントが残されています。
街に残されたソビエトのモニュメントを探すのは、隠れミッキー探しのようで楽しいですよ!ぜひソビエトの偉大な革命家たちの彫刻を探してみてください!
偉大な戦車もあります
ロシア唯一のメイドカフェ
ロシア唯一のメイドカフェと噂の『Holy Maid Cafe』です。
ほんとうに、素晴らしいところです!じつはサッカースタジアムから歩いてすぐのところにあります!
いまや日本のテレビや新聞でも紹介され、一躍有名になりましたね。
エリツィン初代ロシア連邦大統領の功績を記念して建てられた施設です。
この施設の中には、ソ連~ロシア連邦に至るまでのロシアの歴史をエリツィン視点で学ぶことが出来る博物館や、様々なお店があります。
そして日本語や日本文化の学習センター情報文化センター『日本』はここにあります。
ロシアの現代史とエリツィン元大統領の功績を学ことが出来る展示です。
偏りはあると思いますが良い展示でした笑
いわずもがな!でよろしいでしょうか(笑)
帝政ロシア時代の装飾的な建築群も、エカテリンブルクには多く残されています。
様式としては、バロックに近い装飾ですね。
バレー劇場や、文化施設、お店などとして現在でも使われています。
実はエカテリンブルクは「構成主義の首都」と称えられる、ロシア構成主義建築の聖地のような街なのです!
市内全域に。およそ100年前に建てられた、素晴らしい構成主義建築がたくさん残っているので。ぜひ発見し訪れてみてください!
写真はエカテリンブルクに現存する構成主義建築のごく一部です。
1階に素敵なスタローバヤがある、イセチホテルです。(ホテルは現在休業中)
この特徴的な建物は、サーカスです。
こちらもエカテリンブルクに残るソビエト時代の名作建築です。
以前は、この場所には街のシンボルと言われた、『未完成のテレビ塔』がそびえていました。
つい数か月前、市当局が爆破撤去してしました。街のシンボルが無くなったことを悲しむ市民も多いようです。
〈ロシアのW杯開催都市、老朽化した町のシンボル解体に反対の声も〉ロイター通信
かつてのテレビ塔のすぐ脇に、「私のロシアの歴史」というロシア、とくにルーシーの歴史を扱った博物館があります。
全てロシア語でしたが、なかなか見ごたえがありました。
日本ではこの展示の並びは許されないでしょうね笑
みなさまご存知、『怖すぎるスタジアム』として有名になった、エカテリンブルク・セントラルスタジアムです。
近くで見ると、仮設観客席の鉄骨はかなり頑丈そうでした。
実はこのスタジアム、100年以上の歴史があります。いまも外装や建物の1部に昔の面影を残しています。
イセチ川は市の中心を流れる川です。冬は完全に凍結して、凍結した川やダム湖を歩いて渡る人が沢山いるそうです。
市の中心を走るレーニンロードが堤の役割をして、川を堰き止め大きな湖をつくっています。
むかしは、このダムに貯められた水の力を使って、水車を回し、金属の精錬などをしていたそうです。いわば、エカテリンブルクの発展の源ともいえる川ですね。
いまでは、川岸や湖畔は市民の憩いの場です。また、整備された川岸には多くの文化施設が集まっています。
こちらはエカテリンブルク美術館です。
絵画の方は近代の複製画が多く、正直微妙でしたが、宝石や鉱物の彫刻やブロンズ像などは一見の価値があります。さすが工業都市エカテリンブルクといったところでした。
こちらは、世界最古の木製の偶像が展示されている民族博物館です。
この木像は、数万年前に作られたと考えられ、全長3m~5mもあります。
正直、とても不気味でした。
博物館はロシア構成主義建築の『イセチホテル』の隣にあり、こちらも美しい構成主義建築です。
さまざまな民俗資料が展示されています。
エカテリンブルク市内の墓地の一角に、ディアトロフ峠事件の犠牲者追悼モニュメントがあります。
UFOや宇宙人、はたまた秘密の軍事兵器の実験に巻き込まれたなどの珍説も唱えられた有名な事件のモニュメントがエカテリンブルクにあると知って驚きました。
ディアトロフ峠事件(ディアトロフとうげじけん)とは、1959年2月2日の夜、当時のソ連領ウラル山脈北部でスノートレッキングをしていた男女9人が不可解な死を遂げたことで知られる事件である。事件は、ホラート・シャフイル山(Kholat Syakhl、Холат-Сяхыл、マンシ語で「死の山」の意[1])の東斜面で起こった。 wikiより
ノミに注意
最後に
いかがでしでしょうか?
ロシアの知られざる街、エカテリンブルクには多くの見どころがあります。
ロシア構成主義やソビエト文化好きの僕にとってエカテリンブルクは、まるでディズニーランドのようなところでした!
記事ではご紹介できませんでしたが、郊外に並ぶフルシュチョフカ(ソ連団地)や、ブレジネフカやスターリンカも大変見どころがあります!
郊外には軍需工場もあり、観光スポットとは言えませんが、好きな方はきっと楽しめると思います!
随時情報を追加していきます!
【ロシアのサイト、〈 https://www.e1.ru/news/spool/news_id-65068541.html 〉に翻訳解説付きで転載され、多くのアクセスを頂いたようです。
ただでさえ偏っている本記事が、転載にあたっての記事内容の取捨選択と翻訳フィルターを通り、さらに偏った記事になり、FBページで議論を呼んでいるようですが、そもそも本記事はマニアックな方向に偏っております。また、ネイティブ日本語話者にしか通じない表現(天皇タブーについてなど)を用いているため、本記事を翻訳をとおしてご覧になったロシアの方には著者の意図と全く異なる伝わり方をしているようです。ですが、日本語として問題はないと判断するため、修正いたしません。(追記6月28日)】
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