INTERVIEW, 海外

ゆるゆるポーランド滞在記:特別編②「ポーランドは本当に親日国?」

前回の記事はこちら→ゆるゆるポーランド滞在記:特別編①「知られざるシロンスクの歴史」

 

今回も引き続き、ろーつん氏(@lotzun_Poland)に、話を伺っていく。

ろーつん氏は、東京の大学にて中東欧近現代史を専門に研究する博士課程の院生であり、ドイツへの留学を経て、現在はポーランドにて在外研究を行っている。

 

前回の記事では、ろーつんの研究テーマを中心にお届けしたが、今回は日本を離れポーランドという地を踏んだ二人の掛け合いを中心にお届けする。

 

ポーランド人はフランス好き?」、「親日国って本当?」などなど。
ゆるゆるポーランド滞在記:特別編②。二人のニュージェネレーションがポーランドを語る!

 

史料批判って?Aさんは不倫をしていた

 

ナカイレイミ(以下、ナカイ):これは、どういう史料?

 

 

ろーつん氏(以下敬称略、ろーつん):この新聞は、1920年から1922年にかけて出版されていた独立運動の機関紙なんだ。面白いのが、紙面の左側がドイツ語で、右側がポーランドで書かれている。どちらも同じ内容だけど、ドイツ語とポーランド語、そのどちらかだけを話す人々にも読める紙面づくりになってる。

 

 

ナカイ:フォントも明らかにドイツ語フォントだ!

 

 

ろーつん:これはフラクトゥア(Fraktur)っていう第二次世界大戦までのドイツで一般的に使われていたフォントだよ。僕はこれを見たら興奮する。

 

 

ナカイ:激しく同意できる。

 

 

 

ナカイ:独立運動について、もう一歩踏み込んで説明が欲しいな。

 

 

ろーつん:そうだなあ、当時の情勢を簡単に説明すると、前提として、第一次世界大戦でドイツ帝国とハプスブルク君主国が崩壊するんだけど、その際に問題になるのがいわゆる「ポーランド問題」。これはそれまで分割されていたポーランドをどの領域で再建するかということ。シロンスクもその枠組で議論されていて、同じく新生国家であるチェコスロヴァキア、そしてドイツとその領有権を争うんだ。

1919年6月のヴェルサイユ条約では、グルヌィシロンスクでの住民投票が規定されている。そして実際に1921年3月に住民投票が実施され、最終的に国際連盟がグルヌィシロンスクを、ドイツとポーランドの間での東西に分割する、という流れになる。この分割は住民投票より前の時期から懸念されていて、「そうなるくらいなら独立しよう」というのが独立運動の原因のひとつになった。

 

 

ナカイ:分割されるのを避けるために、独立しようということなんだね。

 

 

ろーつん:彼らが言うには、そういうことになるね。これに関しては様々な見方があって、実は独立運動家たちはシロンスクをポーランドに併合されるのが嫌で、シロンスク全域をドイツに残すために一度独立させて、その後にドイツに戻そうとしたという見解もある。でもこれは、ポーランドの歴史家からの観点だから、批判的に検討しないといけない。

 

 

ナカイ:ポーランドから見れば、邪推せざるを得ないってことなんだ。

 

 

ろーつん:そうそう、深読みしてそういう風に読んでるところもある。

 

 

ナカイ:とにかく史料を読むということだったけれど、これは書き手の嘘が入っているな…と思う事はある?

 

 

ろーつん:史料に嘘が含まれているかどうか考える、というのは歴史学において重要な作業だね。その作業を「史料批判」と言うんだけど、同時代の他の史料と照らし合わせたり、二次的な研究・文献とすり合わせることで、対象としている史料に書かれている情報の真正性を確かめるんだ。

 

これは理論的にはそれほど難しい話ではなくて、例えばある史料①に、妻帯者のAさんによって「○月✗日の夜に会社近くのレストランで女性の上司と食事をした」と書かれていたとする。でも他の史料②に「Aさんは当日から翌日にかけて、別の街に出張していた」と書かれていれば、これらの史料の信憑性は非常に疑わしい。

でも、なぜそこに間違った情報が書かれているのかを考えることで、新しい事実が分かることもあるんだ。例えば、史料の性格を調べていくうちに史料①が私的な日記、史料②が公的な報告書だと分かったとする。この二つの史料の性格を考えると、「Aさんは別の街に出張したと嘘をついて、上司と不倫していた」とするのが妥当かもしれない。

そういう、一見無価値な史料を「史料批判」によって歴史的事実に近づけていく作業は、歴史家の仕事の一つなんだ。

 

 

ナカイ:壮大な間違い探しみたいで、ワクワクしてきた!

 

変化するアイデンティティ

 

ろーつん:一般的な図式では「ドイツ人」と「ポーランド人」の対立に至って、プロパガンダやテロ行為が頻発したとされている。実際に、三度の「シロンスク蜂起」というのがあって、ドイツ側とポーランド側が武装闘争を行うんだ。ただ、この当時のシロンスクにおいて、誰が「ドイツ人」で、誰が「ポーランド人」であったかというのは非常に曖昧だから、それも視野に入れないと単なる民族対立に見える危険性がある。

 

 

ナカイ:対立というのは投票に際して?

 

 

ろーつん:そう、1921年3月の投票までのおよそ一年間にそういう闘争が起こってる。そして住民投票の結果、59.6%がドイツに投票した、残りがポーランド。

 

 

ナカイ:59.6%っていうのは…微妙だ。この数値に関してはどう思う?

 

ろーつん:すごく微妙。しかも地域によってドイツ票とポーランド票の割合にかなり偏差があるから、国家帰属の確定に際して、それをどう捉えるかが問題になった。だからこの問題に裁定を下すことに成っていた国際連盟もすごく困惑して、最終的にグルヌィシロンスクを東西に分割するという結果になった。当時のグルヌィシロンスクでもっとも重要な地域は東部の工業地帯だったんだけど、それがほとんどポーランド領になったから、ドイツ人は怒り心頭だった。結局この裁定は、後々まで尾を引くことになる。

 

 

ろーつん:今のシロンスク自治運動の根底には、現代のグルヌィシロンスクに生きている人達のアイデンティティがある。2002年と2011年にポーランドの国勢調査があったんだけど、その時に、「自分の民族帰属は何ですか?」という質問をしたんだよね。それに対してシロンスクでは、2002年では約17万人の人が、2011年では約70万人が、「シロンスク人」と答えている。

 

 

ナカイ:十年でそんなにも増加してるんだ。

 

 

ろーつん:もちろん今の自治運動自体は、ポーランドという国家のあり方を変えるほど大きくはなっていないんだけど、それでも自分の民族的なアイデンティティは「シロンスク人」ですという人は、かなりたくさんいるということになるね。

 

 

ナカイ:まだ感覚として理解しづらいな。日本だと…アイヌの人が、「自分はアイヌ人です。」というのに近いのかな?

 

 

ろーつん:もちろん日本とポーランドで直接比較はできないけど、誤解を恐れずに言うなら、そういうイメージが近いかもしれない。ポーランド人と対等の概念として、シロンスク人というのを出してくる。

 

 

ナカイ:この先、自治運動が過熱して、今のバルセロナのようになる可能性はある?

 

 

ろーつん:それを予測するのはすごく難しい。もちろん現在はそこまで大きくなっていないけど、今後はわからない。もちろんカタルーニャみたいに運動が大規模化する可能性もあると思う。

 

 

ナカイ:それでも、アイデンティティとしてシロンスク人であるということを実感している人が、それだけいるということは、知っておくべきことかもしれないね。

 

留学生必見!ポーランドでの生活について

 

ナカイ:一転して日常生活の話題へ移りましょう。普段のルーティンワークとかありますか?

 

 

ろーつん:ルーティンワークとしては、研究と語学。それさえ出来れば特に問題は無い。例えば語学に関しては、週に三回ぐらい語学学校に通っている。午前中は語学学校で、午後は図書館に行って勉強するというパターンが多いかな。僕は基本的に図書館に通って研究したり勉強したりするかな。家だと寝ちゃうから(笑)

 

 

ナカイ:わかる!ポーランドの家の中ってあったかいからね。

 

 

ろーつん:まずは図書館に行って、とにかく勉強し、研究する。ヴロツワフには、大学付属や市立の良い図書館がたくさんあるから、そこに行くと気持ちよく研究できるんだ。それと大学の授業が週に何度か。

 

 

ナカイ:語学に関してだけど、ポーランド語は、ポーランドに来る前から話せた?

 

 

ろーつん:留学以前は、論文を読まないといけないから読解の勉強はしていたんだけど、会話はほとんどできなかった。だから留学の目的のひとつに会話能力の向上も入っていて、そのためにヴロツワフで語学学校に通ってポーランド語を話せるようにしようと計画してたんだ。もちろん研究のための語学能力も必要だから、会話と読解、それぞれの能力を同時並行的に伸ばすというのが、語学面での一番大きな目標だったんだ。

 

 

ナカイ:ポーランド語は、すごく難しい言語と一般的に言われるけれど、やってみて実際そうだと思う?

 

 

ろーつん:本当に…、やってみて本当に難しい。

 

 

ナカイ:難しいのは文法だよね?

 

 

ろーつん:文法も難しいけど、それを応用して読んだり話したりするのがすごく難しい。例えば日本語は漢字を含む読み書きは相当難しいけれど、発音とか文法はそこまで難しくないって言われてる。でもポーランド語は、全ての基本となる文法が本当にややこしくて頭のなかで整理するのが大変。つまり、ポーランド語の名詞や形容詞、動詞の語尾は文法的な役割に応じて全て格変化するから、その都度適切に変化させないといけない。それに対応して、会話に即して正確な文章を即座に頭の中で作り上げていくのは、かなり訓練を要する。そういう意味ですごく難しい、言われている通り。

 

 

ナカイ:実感する。もう頭で対応出来ないから、まずは間違っても発言するようにしてるな。

 

 

ろーつん:語彙の面でも、それまで研究で使っていたドイツ語とも違う単語が数多く入ってくるから、それを覚えるだけでも一苦労。スラヴ語特有の語彙というのは、日本人に馴染みがないものが多いからね。

 

 

ナカイ:スラヴ系の言語にありがちな音の響ってこと?

 

 

ろーつん:例えば国家のことは、英語やドイツ語では同語源で「state」、「Staat – シュタート」というけど、ポーランド語だと「kraj – クライ」とか「państwo – パィンストフォ」。この例のようにスラヴ語特有の語彙をたくさん知らないと、ポーランド語は話せない。もちろん外来語もたくさんあるけど、そういうのばっかりじゃないからね。

 

 

ナカイ:「Fantastycznie – ファンタスティチネ(=めっちゃ最高!)」はどうなんだろう、ポーランド語の授業で、どの国から来た生徒もそれだけはわかるから、全員でめっちゃ使ってた。

 

 

ろーつん:ははは、いいね!みんなどうやって使うの。

 

 

ナカイ:「元気?」って聞かれたら、元気じゃなくても、「ファンタスティチネ!」って。

 

 

ろーつん:そういう馴染み深い共通語彙のほうが出てくるよね。固有の語彙は難しい。

 

ポーランドの物価は本当に安い?

 

ナカイ:みんなからよく聞かれるのが、ポーランドの物価のことについて。生活してて、びっくりするぐらい安いよね?

 

 

ろーつん:円で考えると相当安いと思う。でもポーランドで給料を貰っている人はそこまで安いとは思わない、とは言うけど。それでも日本からの旅行者とか留学生からすれば、相当安いと思う。例えば僕の住んでいるアパートの目の前にレストランがあって、そこは料理の種類は少ないんだけど、本当に安い。パスタが一食、5PLNで食べられる。日本円だと150円ぐらい。

 

 

ナカイ:それはポーランドの中でもめっちゃ安いレストランだね。

 

 

ろーつん:今日入った大衆食堂でも、ポーランド風ハンバーグ(kotlet mielony)にマッシュポテトとサラダ、トマトスープをつけても、たったの7PLN。

 

 

ナカイ:210円ぐらいか…!物価の安さで考えれば、ポーランドに留学するのは絶対ありだと思ってる。

 

 

ろーつん:実は結構あり。若い人は基本的に英語が話せるんだよね。だから英語しか知らなくても、ポーランド語での最低限の挨拶とか、自己紹介とか知っておけば、なんとか生活していけるから。

 

 

ナカイ:まさに私はそのパターンだなあ。

 

 

ろーつん:ポーランド人は語学のセンスが抜群で、みんな流暢に英語話すんだよね。

 

 

ナカイ:すごいよね。でも、50歳より上の世代は辛いかも。

 

 

ろーつん:それは、それより上の世代の人たちの多くが、ロシア語教育を受けたからだね。旧社会主義圏の覇権国家はソ連で、その体制下にある国々では、第一外国語は基本的にロシア語だった。

 

 

ナカイ:英語以外だと、若者の間ではどの言語が一番人気なんだろうね。

 

 

ろーつん:確かなことは分からないけど、フランス語とか?特にポーランドは歴史的にフランスと仲が良いからね。あ、昨日、ある本を読んでいたら、こういう文章が載っていた。Adam Mickiewicz – アダム・ミツキェヴィチが残した言葉だけど、「フランス人が思いついたことの多くを、ポーランド人は好きになる」。これはポーランド人の心性を表していて、面白いね。

 

 

ナカイ:19世紀から、ポーランド人はフランス大好きって、わかってたんだ。ポーランド人なら誰もが知っている国民的詩人がそれを言っているのは面白いな。

 

 

ろーつん:19世紀は特にポーランドという国家が失われていた時代だから、逆説的に民族主義が強まった時代でもあるんだ。世界史の教科書にも出てくるけど、18世紀後半の三度のポーランド分割によって、それまでのポーランド・リトアニア共和国は消滅する。ミツキェヴィチは、そういった「ポーランド民族」にとって危機的な時代状況において、ポーランド的な精神を復興させようとしたとして評価されている詩人でもあるね。

 

 

ナカイ:そうだ、ドイツ語は?

 

 

ろーつん:ドイツ語を勉強している人はたくさんいるとは思うけど、動機としては実務的な意味合いが強いんじゃないかな。個人的には、ドイツをよく思っていない人が多い印象が強い。知り合いのポーランド人と会話していてるとき、たまに僕の専門だから仕方なくドイツの話をするんだけど、あからさまに嫌そうな顔をする人もいる。

 

 

ナカイ:それはポーランド人として、やっぱりドイツ人は好きになれないって感じ?

 

 

ろーつん:歴史的な経緯から、ドイツになかなか好意や親近感を抱きにくいんだと思う。ドイツとの戦争も何度も経験しているし、国を分割されてもいる。でも今は、EUの中心として中央ヨーロッパにおけるドイツの政治的存在感が大きいし、経済的な力も強い。ドイツに出稼ぎに出ているポーランド人はかなり多い。お隣同士、あまり好きにもなれないけど、無視もできない。ポーランドから見ると、ドイツに対しては複雑な感情があるよね。

 

 

ナカイ:個人だと問題ないけど、共同体になると難しい。

 

 

ろーつん:集団としてのポーランドとドイツになると、かなり複雑だと思うよ。でも、今のEUはドイツ無しではやっていけないし、政治や経済について現実的に考えると、ドイツ語の重要性は明らかだし、ドイツ人との付き合いも大事。だから実務的にドイツ語をやっている人は多いと思う。

 

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PROFILE

ナカイ レイミ

東京芸術大学修士課程在籍。好きが高じて斜めに走る。「ゆるゆるポーランド滞在記」連載中

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