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ゆるゆるポーランド滞在記:特別編①「知られざるシロンスクの歴史」

ゆるゆるポーランド滞在記」は、そこらの真面目な情報ブログでは決して特集されることのない、知られざる東欧ニュージェネレーションの姿を、ゆるゆるとお届けすることが目的のコラムである。

 

クソ物件からストリートアートやら、到底需要のないコラムを書き続けてきた筆者であるが、今回は、同じくポーランドに滞在する、同世代の学生と出会うことができた。

 

現在、ヴロツワフ大学へ学術研究員として派遣されている、ろーつん氏(@lotzun_Poland)である。

 

ろーつん氏は、東京の大学にて中東欧近現代史を専門に研究する博士課程の院生であり、ドイツへの留学を経て、現在はポーランドにて在外研究を行っている。まさに歴史家のヒヨコ…とでも言うべきであろうか。

 

今回は、ポーランドに滞在する学生同士、「知られざるポーランドの歴史」から、「本当にポーランドは親日国なのか?」という際どい話題まで、多くを語ることができた。

 

見る目を変えれば、世界の姿もまた変わる。

今回は、歴史家のヒヨコが語る、知られざるポーランドの歴史をお届けしよう。

 

知られざるシロンスクの歴史

ナカイレイミ(以下、ナカイ):では、まずは研究テーマから話していきましょう。

 

 

ろーつん氏(以下敬称略、ろーつん):そうだね、研究テーマはドイツとポーランドの近現代史で、特に今はシロンスクの歴史を研究しています。

 

 

ナカイ:シロンスクはポーランドの地域だから、ドイツではなくポーランド側から研究をしている、ということになる?

 

 

ろーつん:主にシロンスクの側から。ドイツやポーランドといった見方もあるけど、「シロンスクの人たちがどう歴史を見てきたのか。」が、語られていなくて、特に日本ではあまり知られていない。その辺りに注目しながら、ドイツ、ポーランド、シロンスク、あとチェコスロヴァキアも入ってくるから、全体的な関係を意識しながら歴史を研究しているという感じ。

 

 

ナカイ:基本的には、どういった方法で研究を進めていくんだろう。

 

 

ろーつん:学術的な歴史研究では、過去の人が書き残した文献や資料を「史料」と呼んで、その史料を中心に行っていく。例えば僕の研究なら、昔の新聞とかパンフレットを読んでいって、それが歴史的にどういう意味があるのかを解明していくというのが仕事。

 

 

ナカイ:新聞とかアーカイブをひたすら読む感じかな。

 

 

ろーつん:そうだね。ベルリンで集めた史料がメインだね。

 

 

ナカイ:それは、ドイツの方がしっかりと史料をアーカイブしてたから?

 

 

ろーつん:それもあるけど、シロンスクの図書館や文書館にあった史資料は結構戦争の被害を受けていて、かなりの部分が散逸しちゃってるから。そういう意味でベルリンの方が残りがいい場合もある。シロンスクは元々、プロイセン王国の中にあって、その中心地はベルリンだったんだ。公的な文書館(アーカイヴ)のあるベルリンには様々な史資料が集まってきていて、シロンスクで発行されていた様々な種類の新聞や、現地の公的書類なんかもそこに集められていた。特に第二次世界大戦時に戦火がかなり激しかったブレスラウ(=ヴロツワフ)やシロンスクよりは、ベルリンのほうが新聞とか史料の残りがいいこともあるんだ。

 

 

ナカイ:具体的にはどんな史料を読み進めて研究してる?

 

 

ろーつん:僕の研究テーマを具体的に言えば、「シロンスクにおける独立運動」なんだ。第一次世界大戦の後にシロンスク…特にカトヴィツェやオポーレの方は、そこがドイツ領になるかポーランド領になるか、それともチェコスロヴァキアになるか選択を迫られて、地域の国家帰属を決めるための住民投票をするんだよ。その住民投票の結果、この地域はドイツとポーランド(一部はチェコスロヴァキア)に分割されるわけだけど、その時にシロンスクの人たちの中で、「シロンスクをひとつの国家として独立させよう!」という運動があった。それはポーランドでもあまり知られていないけれど、歴史的に後世に与える影響はそれなりに大きいと思っている。

 

 

ナカイ:面白い!独立運動があったなんて、ヴロツワフでは聞いたことがなかった。

 

 

ろーつん:それに関して、ヴロツワフはあくまで外部だったからね。カトヴィツェとかオポーレの辺りは人々のアイデンティティが少し特殊で、住んでいる人たちが使っている言葉も、ヴロツワフとはちょっと違う。今でもシロンスク語(方言)っていうのがあるんだけど、ポーランドの他の地域とも違う、風変わりな言語を喋っているんだよね。ちなみに20世紀の前半までは、それはヴァッサーポルニッシュって呼ばれていて、ドイツ語とポーランド語の混成言語だったんだ。そういうところも、特殊なアイデンティティに関係してる。

 

 

ナカイ:つまり、スペインのバルセロナとマドリッドの関係に似ている?

 

 

ろーつん:そうそう、まさにそういう関係。特にシロンスクは、カタルーニャと同じように工業地帯でもある。地域的な概念について言えば、カトヴィツェとオポーレの辺りの地域はポーランド語で「Górny Śląsk – グルヌィシロンスク」って呼ばれる。ドイツ語では「Oberschlesien – オーバーシュレージエン」。このグルヌィシロンスクでは、住民のアイデンティティも言語もその他のポーランド人と異なっているから、それが独立運動の登場する素地になる。

 

 

ナカイ:自分達だったら、国としてやっていけるぞ!という感じかな。

 

 

ろーつん:経済的にも十分に力があるから、独立しても大丈夫だっていうところもあった。

 

 

ナカイ:それは結局、成功しなかった?

 

 

ろーつん:最終的には失敗する。基本的には、地域住民が何を言っても国際政治の中では力を持ち得ないから。さっき言ったカタルーニャの事例もそうだけど、やっぱり国際社会が賛同しないと、そういった小国家は成立しえない。どこか大きな国がバックアップしないと成立しえないような政治の形だったんだ。そういった面での危惧は分離主義運動の時代にもあったし、当時の国際関係の中でグルヌィシロンスクの独立国というのはほとんど成立の余地がなかった。

 

歴史家のヒヨコはいかにして生まれたか

ナカイ:気になるのは、どうしてその研究テーマにしようと思ったのか、という前提の部分。日本ではなく別の国の歴史を研究し、かつ、細かいところに着眼しているのは何故?

 

 

ろーつん:日本ではほとんど研究されていないというのが一番大きいけど、これが歴史学の問題に関わる事例だからというのもある。現在の歴史学の中でひとつ問題になっているのは、いかに歴史を描くのかということ。例えば多くの歴史家が問題にしているのは「国民史」という歴史観。これまで歴史学においては、ある歴史を描こうとするとき、「国民」という単位を中心に描いてきた傾向がある。わかりやすく日本史で考えると、まずその歴史叙述の前提に「日本」という枠組みがあることになる。そこでは、通時的な「日本」という領域を設定して、もしくは「日本人」という集団を想定して、歴史を描くことになる。

 

でも現在の人文学では、それらの枠組みが根底から否定されているんだ。民族(nation)という集団そのものが、それは近代ヨーロッパにおいて作り上げられたフィクションであることが明らかにされている。そのヨーロッパ的な概念を受け入れて、「日本人」を作り上げた明治以降の日本は確かに実態ではあるかもしれないけど、それをそれ以前の時代に当てはめて歴史を見ることは時代錯誤でしかない。

 

近代以前の世界において、誰が「日本人」で、どこまでが「日本」か、そのようなことを考えること自体が後知恵的で、ナンセンス。これが「国民史」という歴史観の問題点で、それ以外の観点から歴史を描こうってのが、僕の課題のひとつでもある。

 

そういったことを考え直す手掛かりとして、シロンスク/シュレージエンの歴史はとても興味深いんだ。歴史的にシロンスクが、ハプスブルク君主国、プロイセン王国、ドイツ、あるいはポーランド、チェコスロヴァキアといった多種多様な国家に支配されてきたわけで、どれかひとつの国民史で語ろうとすると、すごく片手落ちな、一面的な歴史になる。一つのことを強調すると、片方が見えなくなる。であるとするならば、それをどうバランスよく書くかということが重要な問題で、それに僕なりの答えを出そうというのが、僕の博士論文の課題でもある。

 

 

ナカイ:ドイツやポーランドといった場所はエッセンスとしてあるけど、さらに研究体系が重要な鍵になってくるんだ。

 

 

ろーつん:そうそう、まず歴史学の内部に大きな問題点があって、僕が博士論文で提示したいと考えているのは、それに対するひとつのオールタナティヴ(代替案)なんだ。でも、それも自分の中の後付け的なテーマであって、最初の関心は歴史…特に西洋史が好きだからというのもあるし、僕は子供の頃から歴史にすごく興味があって、例えば小学生くらいのときには暇さえあれば歴史の漫画とか、学研の漫画とかそういうのを読んで育った。そういった体験が根底にはあると思うよ。

 

 

ナカイ:私も子供の頃に小学館の歴史漫画をずっと読んでいたから、共感できるなぁ。

 

 

ろーつん:大学に入学した時は、最初ドイツ史をやっていたんだけど、修士課程のときの指導教員がハプスブルク史の先生で、その先生に誘導されるように、いつの間にか東側に研究対象がずれていったんだよね。当時は戸惑ったけれど、今ではドイツだけじゃなくてポーランドとチェコ(スロヴァキア)も、そしてシロンスクの歴史も総合的に捉えることの有用性をよく理解できているから、僕の視野を広げる上でとても有り難い指導だったと思う。

 

 

ナカイ:今のドイツという視点だけじゃなく、別の視点の存在にも気づくことができたということだよね。

 

 

ろーつん:そうそう。ドイツの視点で考えると、シロンスクの歴史は1945年で終わっちゃう。その後のシロンスクには、公的にはドイツ人は住んでないことになっていたから。だからすごく中途半端で、現代まで書けないの。でもポーランド史からすると、1945年以前の時代について、ポーランド側の歴史を強調しすぎていて、ドイツ領であったのにポーランド人の活動が極端にピックアップされて語られている。それも違うんじゃ無いかと思うんだ。

 

 

ナカイ:逆に、ドイツだった時のドイツ人の動きが消されて、十分じゃ無いってことだ。

 

 

ろーつん:そういうこと。

 

歴史は、現在と過去との対話である

ナカイ:つまり姿勢としては、歴史の渦中にいる人では、私的な感情が動いて公平にまとめきれないものを、外側から客観視して研究をしているということかな。

 

 

ろーつん:外国人として歴史を研究するメリットはそこにあるかもしれないね。日本人としてできることがあるとすればね。まあ、完全に客観的とは言わないけれど。

 

 

ナカイ:中立っていうと、また違うような。

 

 

ろーつん:うーん、中立というのはなかなか難しいんだよね。歴史学において何が中立かというのは非常に難しい。そういう意味で、まずは自分の立場をはっきりさせて、書く。というのが大事。つまり一つの視点としての「シロンスク人」。「ドイツ人でもなく、ポーランド人でもなく、シロンスクの住民から見る。」というのは一つの視点。もちろん、「シロンスク人」という概念そのものも、彼らの主張も、また客観視して考えないといけない。

 

 

ナカイ:それを聞くと、独立運動に着目しているのは納得ができる。出来事としては、アイデンティティが強く表に現れているから、ある一つの視点としてわかりやすい。

 

 

ろーつん:そして、後世に影響を与えたという意味で重要なのは、今のカトヴィツェで、同じような運動があるということ。シロンスク大学の、Jerzy Gorzelik – イェジー・ゴジェリクという美術史の先生が中心になって、シロンスクの自治運動を展開しているんだよ。それはもちろん自治だから、さっき説明したような「独立」とは違うんだけど。彼らは「ワルシャワの中央政府がすごく強権的に、中央集権的にシロンスクに対して政策を押し付けてくる」と主張している。そこで、中央政府に任せるんじゃなくて、シロンスクの人々が自分達で政策を考え、それを実行しようという、そういうグループ。重要なのは、その彼らがどこに活動の起点のひとつを置いているかというと、第一次世界大戦後の独立運動だということ。

 

 

ナカイ:そこから、歴史が流れてきたんだ。

 

 

ろーつん:第一次世界大戦後の独立運動を参照することで、シロンスク独自の「民族」が居たという認識や、それに基づく独立運動正当化の論理が、彼らの中でストーリーとして出来上がっているから、それを批判的に検討する上でも、その当時の独立運動を再検討するのは重要だと思ってるよ。

 

イギリスの政治家E・H・カー(国際関係学の祖とも言われる)の有名な言葉で、「歴史は現在と過去の対話である」という言葉がある。それは、現在の問題意識から過去について考えるということで、過去そのものを見ようとしても、ほとんど意味が無いということなんだ。だから、現在の問題意識…現代の社会が抱えている問題を解き明かすために、歴史を活用する。そういう意味で、今のシロンスクが持っているアイデンティティの問題や自治運動を考える時に、過去の問題を参照することはすごく意味がある。

 

 

ナカイ:何故それを研究するのかという意味で、視点は現代にあるんだ。書き手は視点が現代から過去に飛んじゃうことはない?

 

 

ろーつん:基本、視点は現代なんだよね。考えている人は現代にしかいないから、そこから考える。

 

 

ナカイ:どうしても、ここにしかいられないから。

 

 

ろーつん:そう。今いる、「今ここにいる自分」から考えるしか無い。

 

次編、ポーランドは本当に○○なのか?

さて、次回は少しばかりゆるっと雰囲気を戻し、ポーランドでの日常生活や、「ポーランドは本当に○○なのか?」というテーマで、宗教からEU、そして日本との関係をお届けする。

 

次編の更新を待たれよ!

 

次編:ゆるゆるポーランド滞在記:特別編②「ポーランドは本当に親日国?」

 

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PROFILE

ナカイ レイミ

東京芸術大学修士課程在籍。好きが高じて斜めに走る。「ゆるゆるポーランド滞在記」連載中

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