ESSAY, 音楽

まだ「音楽」なんて聴いているの?〜音響と語り得るほどに#1

音を楽しむと書いて「音楽」。

小学校の時、誰もがそう習ったでしょう。

 

たしかに、その字面通りです。

人はみな、「楽しむ」という目的の手段のために「音楽」を聞きます。

 

一方でわたしは、こんな疑問を長年抱いて来ました。

 

なぜ、「音響」ではなく「音楽」なのか?

 

辞書によれば、こう定義されています。

おん‐がく【音楽】

1 音による芸術。音の長短・高低・強弱・音色などを組み合わせて肉声や楽器で演奏する。

2 歌舞伎の鳴り物の一。寺院の場面などに、笛・大太鼓・鈴などで雅楽風の演奏をする。


おん‐きょう〔‐キヤウ〕【音響】

音のひびき。

出典:デジタル大辞泉

「音楽」なる言葉には複合的なニュアンスがふくまれていますが、「音響」には読んで字のごとくの定義のみ。

 

なんという差でしょう。

わたしはここに、「音楽(Music)」と「音響(Sound)」を区別し伝播させようとする「人為的意図」を垣間見ます。

 

どういうことか?

「音響」を「音楽」と感じさせない(楽しまさせない)潜在的コントロール、つまり規律と洗脳の顕現化である――

くだいて言うと、「音楽」という規律に洗脳されているよね、ということです。

 

わたし達は、「音楽」に縛り上げられている。

それはつまり「音」を「楽しめてはいない」ことを意味するのです。

「音楽」および440Hzという呪縛

「音楽は国境を越える!」

「音楽は自由だ!」

 

よくそう言われますが、わたしはそんな喧伝、一切認めません。

だって考えてみてください、日本の歌謡曲や演歌やポップスを、アフリカの部族が耳にして、「イイね!」と素直に言うと思いますか?

逆に、その部族の伝統音楽をわたし達が聴いて、心底感動できますか?

十中八九、ありえません。

 

音楽というのは、「音楽それ自体で存在すること」が不可能なメディアです。

その地域と歴史に否応なく影響されて生成される、極めてドメスティックなもの。

言うならば、「言語」に近く、それを受信送信するには大変な労力と時間がかかります。

 

「音楽は国境を越える」という文言は、「英語は国境を越える」と言っているようなもので、その驕った自己文化中心主義には憤りさえ覚えます。

 

同じ理由で、「音楽は自由」ではありません。

むしろ不自由と言って良いぐらいです。言語のそれと同じく。

 

ピアノを見れば分かりますが、いわゆる西洋音楽(クラシック)を基調とする音楽は、24の調で構成されています。

標準となる音の周波数は、中央C(ド)のすぐ上にあるA(ラ)の440Hz。

A=440Hzというやつです。

 

上記ルールと調律のおかげで、誰もが演奏でき、そして楽しめているわけです。

 

しかし、です。

これらはあくまで西洋が作ったものであり、それを侵略という行為で世界中に広めていったに過ぎません。

つまり、普遍的なものでは決して無い

 

ですが悲しいことに、わたし達はこのルールと調律に則ったものばかりを、「音楽」と思い込んでいる。

というより、勘違いしている。

結果、それ意外の「音楽」あるいは「音そのもの」を楽しめない耳になってしまった。

 

これは、不幸なことです。

世界は音であふれているのに、それを楽しめないなんて。

 

武満徹は『音、沈黙と測りあえるほどに』でこう語っています。

〈音〉が肉体にならずに観念の所有となるのは音楽の衰弱ではないだろうか。

そう、わたし達はあまりに固定観念に縛られすぎて、身体で「音」を感知できなくなっている。

「音の不感症」とさえ言って良い。

 

いわゆる西洋音楽はドビュッシーからジョン・ケージにかけて様々な意味でピークを越えたのち、サンプリング文化を経過してテクノロジーと対峙している今、受け手送り手ともに、〈音〉そのものと向き合うのはどうしたら良いのか?

 

わたしからの提案は2つ。

 

「音楽」という固定観念から脱却すること

「音響」を楽しむ感性を研ぎ澄ますこと

 

まとめになってしまいますが、そういうことです。

この話、音楽だけではなく、絵画や映画といった他芸術あるいは国際政治といった大きなことまで繋がってくるのですよ。

そのあたりはまた次回に。

PROFILE

Mirai Natsuki

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