スケートボード 路上の言語

ESSAY

『路上の言語』Skateboarding is not a Sport8

海を越え都市に出たサーファーはやがてオーリーを誕生させスケーターになり、様々な場所で滑った。スケーターは路上をところかまわず走り、階段を飛び降り、ベンチのフチにグラインドをかけ壁をはいあがり、盲人用スロープを使って柵を飛び越え、ハンドレールを滑った。地形や建築物に与えられた意味を読み替え自由に滑った。

 

スポイルスポート

すべての建築物にはそこで生活や仕事などをするためという意味を持ってつくられる。建築物の要素である階段や手すりには、上下のフロアを行き来するため、階段で転ばないためという意味がある。建築物をつくるにあたって、敷地、設備、構造、そして用途について取り決めた建築基準法、さらに建築物が集合した地域は都市と呼ばれ都市を計画的につくっていくための都市計画法などの秩序が存在する。建築物や都市は社会の秩序のもとにつくられており、使用者はその秩序の枠をはみ出ないように使用をすることが求められる。そのような社会で遊ぶ場合、例えば公園では子供が砂遊びや鬼ごっこ、ボール遊びをし、大人も散歩をしたりベンチに腰掛け本を読んだり会話をしたりするが、その場のルールに従い「遊び」を壊さない範囲の使い方が求められる。

 

スケーターは、都市で生活するために与えられた階段を一段ずつ歩かず、花壇には花を植えず壁まで利用し、盲人用スロープでは車いすでもないのにわざとそこで滑りオーリーをするというように、与えられた使い方をせずに自分たちの楽しみに沿った使い方をする。公園でも同じようにベンチには腰かけず飛び越えたりグラインドをかけたり、またステージから飛び降り縦横無尽に走り回りスケーター以外の人から見ると予測のできない動き方をする(公園などの与えられた)遊びのルールを無視するものはスポイル・スポート(遊び破り)と呼ばれる存在になる。

遊びを破壊するのは、規則を馬鹿げた単なる約束事にすぎぬと言い、遊びは無意味だから嫌だと拒否する、そういうい否定者である。

引用:ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』P36

スケーターの建築物や公園の意味を読み替える行為は社会から与えられた秩序を読み替えることと同義と考えられる。スケーターは社会の秩序の基に成り立っている建築物を道具・形態としてしか見ず、そこに内在している秩序を無視し、自分たちにしか意味をなさない新しい意味を与える。

 

建築物の使い方や交通ルール、公園の使い方などは都市で生活する際に必要且つ守られるべきものであり、そこで生活するものたちは「規則は守られる」という前提の中で暮らし遊んでいる。彼らからしてみればスケーターは守るべき規則を破る存在であり遊びの場を破壊するスポイル・スポートという存在であるが、スケーターは元々プールという泳ぐための施設の水を抜き空にして滑るという与えられた遊び方を無視したスポイル・スポートと呼ばれる行為から発展してきた。

この遊びをぶち壊した連中が、自分たちだけで、すぐに新しい規則をもった共同体を形づくるということもありえよう。まさにこういうアウトロウ、革命家、秘密クラブ員、異端の徒たちは、集団を組織する力が非常に強く、しかもそういう場合、ほとんどつねに高度な遊びの性格を示すものである。

遊びの共同体は一般に、遊びが終わった後もまだ持続する傾向がある。~略~だが、ある例外的状況のなかに一緒にいたという感情、共同で世間の人々のなかから抜け出し、日常の規範をいったんは放棄したのだという感情は、その遊びが持続する時間を越えて、のちのちまでその魔力を残すものである。

引用:ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』P39

 

スケーターは「与えられた遊び」を破壊し、自分たちで遊び方をつくってきた。

 

破壊してしまうのは滑るためという純粋な理由があるが、その破壊とは極わずかな物理的な破壊と意味を読み替えることに表れる「概念の破壊」である。プールやベンチ、花壇を使って滑ることは与えられた意味を読み替えるというものの使い方の概念の破壊である。公園などの使い方を読み替えて滑ることは与えられた遊びの場と空間の破壊であり、その行為には「与えられた遊び」でそのまま遊ぶという生真面目な現実から逃れ自由を手に入れた喜びがある。そこには多少なりともしてはいけないことが含まれることもあり、ときに「自己主張の粗野で乱暴な諸形態」としてあらわれる。

 

スケーターが自由なのは、そのものに与えられた意味に従うのではなく極めて限定的であろうとも自分たちが意味を与える側にいるからだ。ベンチ、手すりなど街中にあるものすべてをスケート・スポットとしてみている。自分たちだけのための使い方を生み出すことはつまり、スケーター独自の言語でものの意味を解体、再解釈し、都市を「自分たちのもの」として改めて手に入れなおすことなのだ。

 

概念を破壊するスケーターの発想が如実に表れている表現のひとつに、スパイク・ジョーンズが製作したナイキのCMが例に挙げられる。彼はテニス・プレイヤーにNYの交差点でテニスをさせたのだが、これはテニスコートという枠を破壊しテニスを空間的制限から解放したのだ。通常、「遊び」にはテニスコート、サッカー場、野球場などのように「遊び」をするための専用の場所がありそれは概念的境界として機能するが、カイヨワは『遊びと人間』において

遊びの領域は、このように閉ざされ、特別に取っておかれた世界、すなわち純粋空間である。

引用:ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』P36

と述べた。スパイク・ジョーンズはテニスの概念的境界を破壊し概念としての場所の制限から解放させた確信犯であり、そこにはパイディアが垣間見える。

 

テニスコートからの解放は「特別に取っておかれた世界」である場所と「遊び」をすることの概念とが連関して生まれる概念的境界の破壊である。これがもし普段着で交差点でテニスをしたのであれば面白さは半減してしまうが、テニス・ウェアを着ていることで「テニスコートから飛び出してきた」という大事なポイントが伝わるのだ。

 

基本的には移動することしか許されていないような場所である大きな交差点でテニスをすることは、してはいけないことをやるいたずらっ子の気分がある。概念的境界を破壊したテニス・プレイヤーが遊んではいけない交差点でテニスをする。テニス・プレイヤーはテニスの概念的境界の破壊と同時に交差点という場所の概念も破壊しているのだ。

 

スパイク・ジョーンズはスケートボードを楽しむ中で感じた概念を破壊することに注目しあのようなCMをつくった。

 

PROFILE

栗原 啓輔

スケートボード研究家/スケート歴20年 (写真家)

https://twitter.com/kuriharakeisuk

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